政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
……どうしてそんな目で私を見るの? 
……どうして私が泣いていたことに気づくの?


顔を合わせたのは一瞬、しかも私は目を逸らした。
眼鏡だってかけている。


なのにどうして。


「彩乃、答えて」


低い不機嫌な声が耳元で囁かれる。

空いているほうの手で、彼はほつれた私の髪をゆっくりと私の耳にかける。
骨ばった指がそっと私の頬に触れる。その温もりにドキン、と鼓動が跳ねた。

「何が、あった?」

不自然なくらいゆっくりと言葉を紡ぐ彼。

ゴクリと喉がなった。真っ直ぐに私を見据える獣のような彼の目から逃れられない。

「き、昨日、夜中に悲しい映画を観てしまって……号泣して、それで眠れなくて……」

しどろもどろに下手な言い訳をする私。彼が目を細く眇めた。


「へえ? それでこんなに瞼が腫れるくらいに泣いたのか?」


彼の長い指が眼鏡を外し、スッと私の瞼に触れる。ぞんざいな言葉遣いとは裏腹にその手つきはとても優しい。

「……悲しかったから」
ポツリと本音が零れた。

悲しかった。だって環さんの想う人が誰か気づいてしまったから。

その刹那、私の視界が彼でいっぱいになった。

彼に唇を塞がれる。

私の下唇を甘く食んで彼がそっと離す。甘い痺れが私の全身を駆け巡る。彼のキスを拒めない。彼にキスをされると頭が真っ白になってしまう。

このキスを受けるべき相手は私じゃないのに。

「……今日のところはそれで誤魔化されてやる」
そう言って彼は私の顎にかけていた指を離した。
眼鏡を再び私の顔に戻してリビングを出て行った。


どうしてキスをするの? 


鼻の奥がツンとする。胸の奥の深い場所がキリキリ痛む。

こんな痛みは知らない。心の中に止めることのできない悲しみが拡がっていく。残された私は胸の痛みを抱えてその場で蹲った。

彼は着替えてすぐに自宅を出て行った。そして夜中をすぎても帰宅しなかった。

私は今日もソファで自身の身体を抱きしめて眠った。どうしても寝室に行く勇気は持てない。


私以外の誰かを想っている人の隣で眠るなんて、そんな辛いことはできない。
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