政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「……どうして黙って帰った? 涙の理由はそれか?」


耳元で囁くように彼が問う。吐息が耳朶に触れて鼓動が暴れだす。

「理由はこの間……」
「誤魔化されてやるといっただろ? 帰国したら逃がさないからな。覚悟しておけよ」

そう言って彼は私の頬に口づける。乱暴な口調とは対照的な優しい感触にピクリと肩が揺れる。

じわりと滲む涙とこみ上げる想いをグッと堪える。


どうしてそんなことを気にするの? 私のことなんて好きじゃないでしょ?


「……行ってくる」
スルと彼が私の肩を解放する。


まるで名残惜しむように、私のつむじに小さなキスを落として、彼は部屋を出て行った。

玄関のドアが閉まる音が無情にも聞こえた。


「行って、らっしゃい」


息と共に吐き出した言葉は切なさであふれていた。今頃になってカタカタと手が震える。

引きちぎられそうな胸の痛みを抱えて、私は為す術もなく玄関ドアを見つめていた。
 

彼が出張で不在の日が六日過ぎた。
私はいつもと同じように出勤し、毎日を過ごしていた。

彼に会いたい。声が聞きたい。

でも彼に会うのが恐い。会って彼に何を言えばいいのかわからない。
弁当を渡せなかった理由も泣いた理由も口にはできない。

今頃赤名さんと一緒にいるのだろうか。ふたりはどんな会話をしているのだろうか。

醜い感情がドロドロと心の奥底から湧き出る。

赤名さんを羨んでしまう自分が嫌だ。私にはふたりを祝福できない。

この数日ずっとそんな答えの出ないことばかりを考えている。明日には彼が帰国してしまう。
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