政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「……鳴海さん? ああ、今は梁川さんでしたね」


背後から突然声をかけられた。今の名字を呼ばれたことにギクリとする。

彼と私の入籍を知っている人は数えるほどしかいないはず。一体誰だろうと恐る恐る振り返る。

そこにはどこか見覚えのある長身の男性が立っていた。

短めの黒髪に涼やかな二重の目が印象的な端正な顔立ち。濃紺のスタンドジップカーディガンにベージュのチノパン姿の男性は私に爽やかな笑顔を浮かべて話しかけてきた。


「突然、声をかけてしまってすみません。相良、と言ったらおわかりになりますか?」


穏やかな低音で目の前の男性が名乗った。


相良?


頭の中でその名前を反芻する。そして眼前の男性の顔を注視する。そこで思い出した。


「相良さん! お見合い相手の……!」

そう、彼は私の元見合い相手だった。

まさか元見合い相手にこんな場所で会うなんて思わなかった。実物の彼に会ったのは初めてだ。

「すみません、すぐにわからなくて……」
「いいえ、僕のほうこそ不躾に呼び止めてしまってすみません。驚かせてしまいましたよね。勤務が終わって住民票を取りに来たところだったんです。あなたのことは華から毎日のように話を聞いているので、初対面という気がしなくて」

馴れ馴れしかったですね、と彼は申し訳なさそうに言う。

そういえば彼の勤務している病院はこの近くだったはずだ。お見合いの時の情報を必死に思い出す。


「いいえ、そんなこと……あの、でも華、さんって?」


相良さんの言葉の一部に妙なひっかかりを覚えて、問い返す。私にはそんな名前の知り合いはいない。
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