政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
ゆっくりと売り場をみてまわる。

この百貨店は内装も素晴らしいと思う。素人の私には細かいことはわからないけれど、各階、売り場の動線もディスプレイもよく考えられている。

それぞれの季節ごとの催事もとても興味深い。人の出入りの激しい一階だけではなく、上階も買い物客で賑わっている。


宝飾品売り場は隣の別館になる。
連絡通路に向かった私の目に見知った男性の姿が飛び込んできた。

身体にぴったり合ったお洒落なスーツとネクタイ。短めの黒髪に涼し気な目元。


「隆……?」


思わず声を漏らす前に、彼も私に気づいていたようだった。私から三メートルほど離れた場所で彼は立ち止まる。


こんな場所で会うなんて。


「……久しぶり。元気そうだな」


抑揚のない声で彼が挨拶をする。彼の顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。

会社の廊下で会話をしてから、隆と話すのは初めてだった。どう返事をしてよいかわからずに、ただ機械的に頷く。

数カ月ぶりに真正面から顔を見た彼に剣呑さは感じられない。彼に対峙する私の気持ちも、以前とはまるで違う。


何を話せばいい? ここで隆に謝ってもいい?


彼に謝罪したい、ずっとそう思ってきた。でもいざ隆を目の前にすると緊張感で手が震える。ギュッと強く手を握りしめた。


「……婚約したのか?」


彼の視線が私の左手薬指に刺さる。それは今朝、環さんにきちんと薬指につけるように、と叱られた指輪だ。

まだ会社には正式に報告しておらず、周囲からの詮索を避けるため、普段はネックレスに通して身に着けていた。

ネックレスに通した指輪が今朝彼に見つかって、不機嫌にさせてしまった。どういうことかと散々問い詰められ、早々に会社に報告するということでやっと機嫌を直してもらった。
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