政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
胸に抱えたクリアファイルをギュッと握りしめる。

ここから歩き出さなきゃ、そう思うのに足はいっこうに動く気配がない。

どこまでも不甲斐ない自分が嫌になる。仕事しか努力できることは残っていないのだからしっかりこなさなくてはいけないのに。


「邪魔なんだけど。いつまでそこで泣いているつもり?」


突然背後から聞こえてきた男性の声。

冷淡な物言いにビクリと肩が跳ねた。

恐る恐る振り返ると、私のいる場所から一メートルほど離れたところにひとりの長身の男性が佇んでいた。

誰……? 今の言葉ってこの人が発したの?

思わず目の前にいる男性を凝視してしまう。

彼はとても綺麗な顔立ちをしていた。
男性なのに象牙のようにすべすべの肌に小さな顔。サラサラの長めの黒髪。幅の広い二重に漆黒の瞳を縁取る睫毛は驚くほど長い。


「ここは仕事をする場所だ。私情を会社に持ち込むな」


向き合った私に、形の良い薄い唇が辛辣な言葉を紡ぐ。低く落ち着いた声は先ほど聞いた声と同じもの。
< 15 / 157 >

この作品をシェア

pagetop