政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「あら、もう入荷してくださったの? 助かるわ! それなら是非」

嬉々として足を踏み出そうとする叔母に、私は焦って声をかける。もしもこのままここに彼と置き去りにされたらたまらない。

「お、叔母さん、待って、私も行きます!」
「いいわよ、彩乃ちゃんはゆっくり違うフロアを見てきたら? そういえばお友だちの誕生日プレゼントを見たいってさっき言ってなかった? 私は少し時間がかかってしまうから、先に見ていらっしゃい」 

親切な叔母が呑気に言う。余計なことを言わないで、と今日ばかりは切に願う。

「それなら私が代わりにご案内しましょうか」

すっと綺麗な目を細めて、叔母に提案する。私の手を、後ろ手に彼は握りしめたままだ。

叔母はそのことに気づいていない。明らかに不自然だというのに。

その証拠に社員らしき人が、彼の近くを通る度にぎょっとしたように目を見張っている。
お願いだからこのおかしな状況を誰か指摘して、と心の中で叫ぶ。けれどその声は無情にも誰にも届かない。

「あら、よろしいの? とても有難いお申し出だけど、梁川さん、お忙しいでしょう?」
「構いませんよ。いつもお話に伺っていたお嬢様とゆっくりお話をできる機会をいただけるなんて光栄です」
本当に嬉しそうに、整った顔を綻ばせる。

素晴らしい演技力に涙が出そうだ。その表情が恐くてたまらない。

「まあ、そうなの? ではお言葉に甘えてお願いしようかしら。彩乃ちゃん、楽しんできてね。後で連絡してちょうだい」

私とは対照的に晴れやかな笑顔を浮かべて、わざわざ叔母を迎えに来てくれたほかの社員と共に去っていく。


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