政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「……あなたとは違います。そんなに簡単に恋なんてできません」

言い返した後、泣きださないように、あの日のように泣き顔を彼に晒さないように、必死で唇を噛みしめる。こんなところで泣きたくない。

「結婚したいのか? この男が好きなのか?」
私の反応に構うことなく尋問のように質問してくる。

腰にまわされた手にグッと力がこもる。触れられた部分がじわりと熱をもつ。

その言い方と私を真っ直ぐ射抜く視線が強すぎてゴクリと息を呑む。あなたに関係ない、そう言わせてもらえない雰囲気を肌で感じる。

「結婚は、いつかはしたい、です。でもその人には会ったこともないので知らないです。写真もまだ拝見していないので」
正直に答える。

その瞬間、厳しい視線が和らぎ、ふわりと甘く微笑んだ。その微笑みが思いのほか優しくて目を奪われる。

「じゃあやめれば? 興味のない相手と見合いするなんて無駄だろ」

腰にまわした手をほどいてサラ、と私の髪を梳いた。冷酷な言い方とは裏腹に髪に触れる指はひどく優しい。

その仕草にあの日を思い出してなぜか胸が詰まった。

「あ、あなたにはわかりません!」
私の気持ちがこんな完璧な人にわかるはずがない。

「あなたじゃなくて環」
髪を長い指で弄びながら言う。

「こんなに迷惑かけられてるんだから呼べるよな?」 
勝者のような笑みを浮かべながら彼が言う。その言葉にハッとする。

わ、私一体何を……! 梁川の御曹司にのしかかって、しかも未だに膝に乗っているなんて。ここは家でもなく百貨店の階段前だというのに!

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