政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
今から? どうして?

『あと十分くらいでそちらに着く。婚姻届を持って待っていてくれ』

十分って! 彼は一体どこにいるの?

「ちょ、ちょっと待ってください! 今からってもう九時前ですよ? そんなに急がなくても今週末とかでも……」

我に返って焦る私に彼は淡々と言う。

『彩乃の気が変わる前に出したほうが確実だろ?』

その言い方に私の葛藤と性格が見透かされている気がした。今日は勢いで書いてしまったけれど、優柔不断な私は明日になったら怖気づいてしまうかもしれない。

「……きっと大丈夫です」
『彩乃の大丈夫は信用しない。このチャンスを逃したくないから。着いたら連絡する』

爽やかにそう言って彼は通話を切る。

私は二、三度瞬きをする。とんでもないことを言われた気がするのは気のせいだろうか。

とりあえず切れたスマートフォンを婚姻届と一緒にバッグの中に入れる。部屋着に着替えてなくてよかった。


あっという間に我が家にやってきた彼は、強引に私を車の助手席に押し込む。

それから一番近くの区役所の夜間窓口に婚姻届を提出した。その一連の出来事にかかった時間は三十分もなかったと思う。三十分前に『鳴海』だった私は『梁川彩乃』になっていた。


「これからよろしく、奥さん」


私を自宅まで再び送り届けてくれた彼は極上の笑顔で、助手席に座ったままの私にそう言った。

まるでこの結婚を心から喜んでいるような無邪気な笑顔。そんなはずはないのに、私たちの間にはそんな純粋な気持ちは何ひとつ存在しないのに。
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