政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
彼の眩しい笑顔にチクリと痛んだ胸には気づかない振りをして、シートベルトを外し、私も彼に声をかけた。


「……よろしくお願いします」

「一生大事にするよ、約束する」


そう言って彼は蕩けそうなくらいに甘い笑みを浮かべて、私をその広い胸にギュッと抱き寄せた。

ドクン、と鼓動がひとつ大きな音を立てる。どんどん心拍数が上がっていくのがわかる。

どうしてそんな顔をするの? 一生、だなんて。そんな言葉はいらない。そんなことはありえないから。ここには彼と私しかいないのだからそんな演技も必要ないのに。そんな甘い言葉を紡ぐ必要もないのに。

そう思うのに私はその腕を振りほどけない。
彼の体温を、ワイシャツ越しに聞こえる速い鼓動を心地よく感じてしまう。その温もりに泣きたくなる。

結局彼の言葉を肯定することも、反論することもできずに私はその温かな胸の中にいた。

この場所をほかの誰かに譲りたくない、そう思いかけている自分の気持ちに驚きながら蓋をする。私は彼の広い背中に初めて自分からそっと手をまわした。


「彩乃、俺を見て」


甘い花の蜜のような彼の声が、私の耳朶を震わせる。

大きな彼の両手がそっと私の両頬を包んだ。綺麗な漆黒の瞳が痛いくらいに真っ直ぐ私を射抜く。

その迫力に目が逸らせない。彼の手の温もりと妖艶な視線に体温がどんどん上がっていく。

じっと凝視されていることが恥ずかしく、俯きたいのに彼の両手がそれを許してくれない。
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