政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
翌日は仕事が忙しく、まともにゆっくり昼休みがとれなかった。

シュシュで纏めた髪の一部がほつれてはらりと落ちる。リボンバレッタはあの日彼に奪われて以来、返却してもらっていない。

彼はあれをどうしたのだろう。きっと気まぐれで取り上げただけだろうから、もう捨ててしまっているのだろう。

営業部に足を向ける時間もなく、眞子に入籍の報告はできなかった。いつも親身になってくれる眞子にはメッセージで入籍を伝えるより、きちんと会って報告したいと思い、後日伝えることに決めた。

仕事は忙しいけれど、この場所が一番心穏やかでいられた。誰も私の入籍を知らないことに安堵し、彼が約束を守ってくれたことにほっと胸を撫でおろした。

仕事を終え、シュシュを外し、緊張しながら会社の外に出た。

就業中はこっそり外していた婚約指輪をはめる。罪悪感を覚えたが、会社に報告もしていないので指輪をはめたまま仕事はできない。

今後はネックレスにでも通してこっそり身に着けようと心に決める。できるだけ社内で知り合いの人に会わないように俯きがちに歩く。

そんな私の身体が急にふわりと何か温かいものに包まれた。驚いて身体を強張らせる。
声を上げようとする瞬間、聞こえてきた声に肩の力が抜ける。


「お疲れ様、奥さん」


耳元で囁かれた声は、紛れもなく夫になった人のものだった。


「環さん……!」


眼前には細身の紺色のスーツに身を包んだ環さんの胸があった。

彼の腕が私にゆるやかにまわされている。
端正な顔立ちが優しく私を見下ろしている。その甘い視線に息を呑む。
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