政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
こんなに柔らかい表情をする人だった?


ドキドキと急に速まる鼓動に慌てながら、私はぱっと彼の顔から目を逸らす。


「迎えに来た」


そう言って当たり前のように、彼はするっと私の左手の指をとる。


「ちゃんとつけてるな」


薬指にはめられた指輪を見た彼は満足そうに言う。

さすがに今はめました、とは言えない。そのことに罪悪感を感じる。

彼は指輪に形の良い唇を押し当てる。その仕草に私は目を見開く。触れられた指がピリッと痺れた。

「た、環さん! ここっ会社の前です!」

真っ赤になって彼の手から指を引き抜こうとするけれど、がっちり指を絡められてしまって逃げることができない。

何を考えているの? どうしてこんなことをするの?

周囲の退社中の社員が遠巻きに注目しているのがわかる。中には顔を真っ赤にして立ち止まって凝視している女性もいる。

彼はとても目を惹く容姿をしている。見惚れる人がいて当然だし、噂になってしまうのは目に見えている。恥ずかしさでいたたまれない。

あれほど会社には内密にしてほしいと懇願したのに、明日からどうやって出社したらいいの⁉

羞恥で目に涙が浮かぶ。反論が言葉にならず、私は彼を睨む。

私には興味がないんじゃないの? 私たちは策略結婚でしょ? こんな仕草はおかしい。まるで恋人同士みたいだ。


「結婚指輪、近いうちに買いに行こうな」


私の無言の反論をものともせずに、彼は甘い微笑みを浮かべ、私の手をひいて歩き出す。

私は小さく溜め息を吐いた。婚約指輪だけで十分なのに、と喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
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