政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
少し離れた場所に停車していた車に乗り込む。

運転席には以前私を迎えに来てくれた男性秘書の平井さんが座っていて、彼からもお祝いの言葉が贈られた。ぎこちなくお礼を返す。


数十分も経たないうちに車は、真新しい豪華なタワーマンションの前で止まった。

宵闇の中、明るい照明に照らされたマンションはとても綺麗だった。数カ月前にこの建物のテレビCMを見た気がする。

そびえたつような高さの建物を見上げる。二十階建てだろうか。真っ白な外壁が明るい照明で輝いている。

石畳が敷かれた広い車寄せで彼と私は車から降りた。彼は先程と同じように私の手を引き、平井さんに会社に戻るように指示をし、目の前にある濃い紅茶色をした大きな扉の中に入っていく。

「あ、あのっ環さん!」

思わず彼に声をかける。彼は歩みを止めようとはせず、口角を上げて私をちらりと振り返るのみだった。エントランスホールから続く長い廊下をひたすら歩く。

車中で彼は無言だった。私と会話をしたくないのかどうか、わからない。

見合いをしたティーサロンでは饒舌に話していたけれど、あれは必要にかられてだったのか。彼は自身のことをあまり話さない。

私の趣味嗜好などを尋ねることもしない。私に関心がないのだろう。時折、先程の会社の前での会話のように優しく話しかけてくれることはあるけれど、その真意はわからない。

先刻は人目があるから敢えてそうしたのかもしれない。
発表後に結婚生活は順調だと、周囲に見せつけるために。

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