政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
その時、彼のスマートフォンが着信を知らせた。
彼はスーツの内側にある胸ポケットからスマートフォンを取り出して、私をちらりと一瞥した。

私に聞かれたくない話?

瞬時にそう悟って彼に声をかける。

「私、部屋で荷解きをしていますね」
「あ、おいっ」

彼が何か言いたそうにしていたけれど、私は足早に与えられた自室に向かった。

カチャリ。

開いたドアの先に広がる部屋は私のマンションの寝室より広かった。そうっと部屋に足を踏み入れる。

八畳ほどはあるだろうか。
サービスバルコニーに面した大きなガラス窓には縦型の木製のブラインドがかかっていた。

書き物机に一人がけの椅子、小ぶりの赤いソファ。その全ては品がよくこの部屋に調和している。

広めのウォークインクローゼットには見たことのない新品の衣類やバッグが収まっていた。その横には私が昨夜荷物を詰めたキャリーバッグが置かれていた。

ただ不思議なことにベッドがない。

もしかして寝具が別の場所に置かれているのだろうか。恥ずかしいけれど、環さんの電話が終わったら尋ねようと決めた。

この豪華な部屋の中で私のキャリーバッグだけが異質で質素に見えた。元々それほど荷物はないし、あの部屋はまだ解約したくないと思っていたから必要最低限の荷物しか詰めてこなかった。

彼に確認はしなかったが、引き払うように言われたらどうしたらよいのか。
結婚したのだから部屋を引き払うのは当たり前だ。家賃だって勿体ない。

だけどそれは通常の結婚をした場合。

いつか結婚が破綻することが前提の私には、帰る場所が必要になる。

離婚したのにいつまでも彼の自宅にはいられない。
ここは新居ではなく、あくまでも「彼の」自宅なのだから。
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