政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
ふう、と長い溜め息が無意識に口から零れた。

夜の帳が降りた窓の外を見つめる。
今日から私の帰る場所はここになる。きっと心が落ち着かないだろう。


「彩乃」


突然背後から彼の声が響いた。反射的に振り返ると開け放したままにしていた扉に寄り掛かるように彼が立っていた。

信じれらないくらいに足が長い。
ほんの少しネクタイを緩めて、気怠そうにしている姿は色気すら漂う。

「トラブルがあった。悪いが、会社に戻る」
淡々と彼が言う。


「わかりました。あの、帰りは遅くなりますか?」


夕食の準備をしておいたほうがいいのだろうか?


「なんでそんなことを聞くんだ? 外出するのか?」


彼の漆黒の瞳に妖しい光が宿る。声のトーンが少し低くなる。

彼の予定を聞いてはいけなかった? 干渉するなということ? 


「いえ、外出の予定はないです。夕食の準備は……」
必要ですか、と尋ねる前に彼にピシャリと遮られた。


「必要ない。君の食事なら運ばせる。食べたいものはあるか?」
呆れたように言う彼の言葉に、私は小さくかぶりを振った。


私が自分の食事を心配していると彼は思っているの?

曲がりなりにも夫婦になったのだし、今日くらいは一緒に食事をとりたい、食事の準備をしたいと思っていた。

でもそんなことは言えそうにない雰囲気を感じて言葉を呑み込んだ。


「大丈夫です。引き留めてすみません」
俯いて、返事をする私の頭上で小さな溜め息が聞こえた。その反応に身体が強張った。


「……行ってくる。先に休んでていい」
それだけ告げて彼はその場所から立ち去った。


しばらくして玄関のドアが開く音がしてその後には静寂が広がった。
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