政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「お邪魔いたします」

律儀にお辞儀をする赤名さんは、髪を無造作に耳にかけた。ふわりと優しい香りが香る。

「あの、すみません。私スリッパとかどこにあるのか知らなくて……」
私は赤名さんの足を見つめて、口ごもる。

「お気になさらないでください。来客用のスリッパはシューズインクローゼットの一番下の棚に入っております。私は持参いたしておりますので、不要です」

丁寧に説明してくれる彼女に、私は小さくお礼を告げた。
けれどその返答は私の心に小さな棘となり刺さってしまう。

どうして赤名さんはそんな細かいことまで知っているの? 秘書だから? ここに来たことがあるの?

リビングに案内すると、赤名さんは私にことわってから、紙袋をダイニングテーブルの上に置いた。

「奥様、家具等何かご不便はありませんか? 何かご不満やご意見がございましたら遠慮なく仰ってください。専務からそのことを伺うように言われておりますので」
しっかりとした口調で彼女は私に問う。

どうやら家具類の手配をしてくれたのは彼女らしい。家具を選んだのは専務ですが、と赤名さんは遠慮がちに付け加えた。

「……いいえ。私には十分すぎるくらいです。あの、その奥様っていう呼び方はちょっと慣れないので、できれば違う名称で呼んでいただけたら……」
おずおず言う私に、赤名さんは驚いたように瞬きを数回繰り返し、初めて表情を緩めた。

「それではどうお呼びしたらよろしいでしょう?」
呆気にとられる私をよそに、赤名さんは普段通りの落ち着いた口調で尋ねた。 

「ええと、彩乃でもなんでもかまいません。赤名さんの呼びやすいように呼んでください」
恥ずかしくなり、俯きがちに返事をする。

「私が下のお名前で呼ばせていただいたら専務に叱られますね。でもせっかくのお申し出なので彩乃様とお呼びしても?」
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