政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
目の前が真っ暗に染まっていく。足元がおぼつかなくなる。

ひゅっと喉から嫌な音が漏れそうになり必死で口を押える。激しい動悸に胸が苦しくなる。

思わず後退りをしてしまう。けれど力の入らない足は数歩下がったところでもつれてしまう。

倒れそうになってドン、と近くの壁に支えを求めて寄りかかる。目眩がする。思わず視線を下に向けると、柔らかな絨毯が目に映る。


「……なんの音だ? 誰かいるのか?」

訝しむ声が聞こえた途端、ドアの中から足音が近づいてくる。


逃げなきゃ……!


きっと私は今、酷い顔をしている。こんな姿は見せられない。

そう思った瞬間、私は走り出した。角を曲がった先にあるエレベーターホールの壁に背中を預け、息を殺して様子を窺う。

「誰かいたの? 平井?」
赤名さんの涙混じりの声がした。

「いや……気のせいだったみたいだ。それよりいい加減に泣き止めよ。目が腫れるぞ」
「誰のせいよ」

彼の困ったような労りの声。ふたりの気安い会話が聞こえる。

それからドアが閉じられる音がした。私は呆然とそこに突っ立っていた。


ふたりの関係は何? 従兄妹で秘書じゃないの? まさか恋人同士?


その可能性に思い至った瞬間、血の気がひいた。ドクドクドクとこめかみが痛みだす。

指先が震えて、落とさないように胸の前で抱えた紙袋がクシャリと歪む。

声を出したいのに出すことができない。
喉の奥が凍り付いてしまったようだ。無理やり深呼吸した胸が張り裂けそうに痛い。

ぽたりと紙袋に雫が零れた。両目から落ちる雫を私は止めることができない。


……帰らなきゃ、ここに居ちゃダメだ。ここに私の居場所はない。


回らない頭でただそれだけを考えて、私は力の抜けた足を必死に動かす。


どうやって帰宅したか、周囲の風景さえもまったく覚えていない。
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