エリート社員の一途な幼なじみに告白されました
#8 怖がり ―環Side―
午後六時。取引先との打ち合わせが思いのほか早く終わり、梓との待ち合わせ時間よりも一時間も早く店の近くまで着いてしまった。

 会社に直帰の連絡を入れてから近くの喫茶店に入り、窓際の席に腰をかけ、ノートパソコンの電源を入れる。数日前に取引先から飲み会の誘いがあったが、今日だけはと断っていた。いくつか仕事関係のメールに返事をし、出来たての温かいコーヒーを一口飲んだ。

 ――どうですか、今日の予定は。急ぎの予定でもありますか。
 ――きょ、今日は特に急ぎの予定はありません。
 ――それなら、この付箋に貼ってある段取りでお願いします。

 我ながら不自然な形での誘い方だったと思う。本当は就業時間中に梓に声をかけて別の場所で誘おうと思ったのに、取引先から電話で急ぎの用事があると連絡を受けた挙げ句、彼女もいつもより早く出社してきてしまったのだ。

 それでも、ひとまず梓を食事に誘うことが出来てホッとした。
 
 その反面、彼女と改めて二人きりで話すことになると思うと、少し緊張した。俺と違って、梓は社交的だから、色んな経験をしてきただろう。
 
 ふと窓の外に目を遣ると、街灯とビルから漏れる光、車のランプが外の暗闇を照らしている。会社帰りのサラリーマンや女性達がせわしなく行き交っていて、中には手を繋いで楽しげに話している会社員同士の恋人もいた。
 
 梓もああやって会社帰りに誰かと手を繋いで楽しそうに話をしているのだろうか。28歳の女性ともなれば、恋人がいたって何も不思議なことはない。それはそれでごく自然なことだ。でももし梓に恋人がいると知ったとき、俺は一体、どんな感情を抱くのだろう。想像もつかなかった。

 ……俺は梓を待つ間、ぼんやりと昔のことを思い出した。
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