仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~

「……そうね、そんなこと言ったかもしれないわ」

千夜子は一希から目を逸らし、スマートな所作で食事を始める。

一希は手を付けず、千夜子に問いかけた。

「なぜそんな偽りを言ったんだ?」

「大した意味はないわ。ただ彼にしつこく誘われて困っていたから一希の名前を出したのよ。相手が一希なら大抵の男は敵わないと引き下がるのよ」

「…………」

千夜子の言い分は柴本の話と一致している。だがそれならなぜ柴本の前で涙を見せたりしたのだろう。

誘われて困るような相手に、弱みを見せるものだろうか。

「一希、怒ってるの? でも仕方ないでしょう? 困っていたんだもの」

上目遣いで見つめて来る千夜子に、一希は釈然としない気持ちで答える。

「怒っている訳じゃない。だが今後は違う方法を取ってくれ」

すると千夜子は不満そうに溜息を吐き、手にしていたフォークを置いた。

「それは美琴さんを気遣っての言葉?」

「……そう言う訳じゃない」

「ならいいじゃない。私に変な男が付きまとわないように一希が防波堤になってくれたら丸く収まるのだから。噂を気にするほど小心者ではないでしょう?」

千夜子は開き直っているのか、平然と言う。

「一希は私を守ってくれるんでしょう? 昔、そう約束したわよね?」

千夜子の力のある眼差しに見据えられ、一希はぎこちなく頷いた。

約束はした。その時の気持ちは今でも変わらない。

そのはずなのに、千夜子の行動に対して次々と疑問が浮かんできていた。
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