仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
その後ろ姿を唖然として見送っている間に、一希は廊下を進みリビングの扉を開けていた。

「あ、待って一希」

慌てて追いかけ、声をかける。

「体調が悪いって病院は行ったの?」
「……行っていない」

一希はビジネスバッグを置くとソファーにどさりと座り込んで目を閉じた。

(体がかなり辛いんだわ)

結婚してから、一希が美琴にこれほど無防備な姿を見せたことはなかった。

手酷く拒絶される心配はあったけれど、病人を放っておくことなど出来ずに、美琴は一希に近寄りソファーの近くで膝をついた。

「一希、何か飲み物を持って来るけど希望はある?」
「……水をくれ」
「うん」

一希は美琴の申し出を拒絶しなかった。

(私に頼む程体調が悪いのね)

ウォーターサーバーの水をコップに汲み、一希に渡す。
そのときに一瞬触れ合った手は驚く程に熱かった。

「かなり熱がありそう。お医者様に連絡して来て貰うようにするわ。いいでしょう?」

往診を頼める医師の連絡先は、母屋へ挨拶に行った時に教えてもらっていた。

一希から返事は無かったけれど、駄目だとは言わなかったので、受話器を取り電話をかける。

医師に状況を説明すると、一時間程で来てくれるとのことだった。

ほっとして一希のところに戻り、声をかける。

「一時間後に先生が来るからそれまで横になって休んでいた方がいいわ」
「……ああ」

一希はゆっくりと立ち上がる。その動作は緩慢でいつもの彼らしくない。

「大丈夫? 良かったら肩を貸すけど」

一希は小さく首を振ると、ひとりで寝室に行ってしまう。

美琴はその後を追いかけると、素早く着替えを準備し、一希に渡した。

一希は受け取り、美琴の前だと言うのに着替えを始める。
億劫そうにシャツを脱ぐと、彼の上半身が露わになった。

鍛えているのか程よく筋肉がつき引き締まった体をまともに見てしまい、美琴は顔を赤くして視線を逸らす。

それでも、直視しないようにしながら着替えの手伝いをし、横になった一希に布団をかけてあげてから寝室を出た。
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