仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
「脅迫ではないだろう。後妻にそんな力はない、しつこくはしていただろうが」

「それならどうして」

「更生の余地はないと判断したんだろうな。だから金銭的な支援だけした。そうしたのは美琴に負担をかけない為と、弟を大切にするお前の気持ちを汲んでだ。子供達が有る程度の年齢まで支援する気だろう。その後後妻の生活は破綻するがどうなろうと知ったことじゃない、自業自得だ」

祖父の口調は冷酷だった。

「……お祖父様は知っていたのですね」

「鈴本家には定期的に調査を入れているからな」

「私だけが何も知らなかったんですね」

一希がいつから支援をしてくれていたのか分からない。

けれど恵美子が始めて一希にコンタクトを取ったのは、まだ険悪だった頃だ。

あの頃は一希を人の気持ちの分からない冷酷な人間だと感じていたけれど、それは違っていたと言うことだろうか。

(一希は私を嫌っていたわけじゃないの?)

顔を合わせば言い争いばかりだったのに。
無視しても一希としてはなんの痛手もない鈴本家の事情に対応していたのだ。


一希と過ごして来た日々を思い出す。

(分からない……一夕食を共にするまで私、一希とまともに話をしていなかった)


「ーーーー他、細かい条件などはこちらに記載してあります。異論ないようであれば離婚届けに署名頂きたいのですが」

代理人の言葉にハッとして美琴は慌てて言う。

「待って下さい。離婚届けを書く前に本人と話したいのですが」

こんな風に知らない人に言われてサインなど出来ない。

一希と話したい。
しかし、その願いはあっさりと退けられた。

「いえ、依頼人は奥様と会うつもりはないとのことです。離婚に関しては私が代理人として一任されておりますので、不服があればおっしゃってください」

「……会わない? 離婚するまで一度も?」

信じられない気持ちで呟く。

「離婚後も今後奥様とは顔を合わすつもりはないとのことです」

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