仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
「一希がここに居るって聞いて来たの」

「なぜ? 代理人が久我山家に行っただろう?」

「来たわ。でも私は一希と直接話したくて」

そう口にすると胸に悲しみが広がった。

「あんな風に人を寄越して手続をして二度と会わないなんて……私には受け入れられないよ」

目元が熱くなる。けれど泣いている場合ではない。堪えていると一希の声がした。

「ここでは話せない。部屋に行こう」

「……うん」

一希に着いてホテルのエレベータに乗り込む。

一希の態度は、美琴と違って冷静そのものだった。

それだけ彼は心が定まり先に進んでいるということだと察し、寂しさが募る。



部屋は上層階にある広めのツインルームだった。

入口から見て手前にシングルベッドが二台ある。

奥の窓辺には小さなテーブルと一人がけのソファーが二脚配置してある。

そのソファーにそれぞれ腰かけた。

一希は何か言いたそうにしていたが、言葉にする気配はなかったので、美琴から切り出した。

「探したよ。電話は繋がらないしメッセージも届かないし。どうしてこんな形で離婚を進めるの?」

美琴は一希を見つめているけれど、彼はその視線を避けるように目を伏せている。

その様子に拒絶の壁を感じ、悲しくなる。

それでも逃げずに返事を待っていると、一希がようやく声を出した。

「信頼出来る代理人に依頼している。離婚手続きに問題はないと思った」

「……問題はないよ。逆に想像以上の財産分与も有って驚いた。他も全て私が有利になる条件だったし」

「それなら良かった。離婚届けは代理人に預けたのか?」

「預けてない、書いてもいないの」

そう答えると、一希は動揺したように瞳を揺らした。
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