仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
あなたは間違いなく想われていたんだよと、どうしても分かって欲しかった。

自分の存在価値を見いだせない寂しい気持ちのまま、旅発って欲しくなかったから。

「それじゃあ……二度も突然押しかけてごめんね」

笑顔で別れようとした。

踵を返したそのとき、思いがけずにぐいと腕を掴まれた。

驚き振り返る。一希が険しい目で美琴を見ていた。

「忘れる訳がない。何もしてやれなかったが、美琴を大切に想っていた。傷つけたことを後悔していた」

予想もしていなかった言葉だった。

驚きのあまり声の出ない美琴に、一希が言い募る。

「千夜子を守らなくてはならないと自分に言い聞かせていた。そう約束もしていた。それなのにいつの間にか守りたい相手は変わっていた。義務でも責任でもなく、心から美琴を大切にしたいと思うようになっていた」

「う、うそ……」

「千夜子の言葉より美琴の言葉を信じるようになっていた。だが自分の気持ちに気付いた時にはもう手遅れだった。美琴を手放すしかなくなっていたんだ」

一希の苦しそうな表情は真実を語っていると信じられるものだった。

混乱している頭に、一希の言葉が浸透していく。

同時に心は切なさでいっぱいになり、涙となって溢れていく。

「それならどうして離れるの? 一希が私を好きでいてくれるなら離れたくない」

「千夜子との約束を違える訳にはいかなかったし、神楽寛子が美琴との婚姻継続を認めなかった。続けていれば美琴に迷惑がかかる」

「そんなの私は大丈夫だったのに。神楽家の後継の地位も無くたっていい、ただ一希と一緒に居られたら良かっただけなのに」

ぽろぽろと涙を零していると、フワリと身体を抱き締められた。

「ここに俺の居場所はないと思っていた」

一希の声が震えているような気がした。

力強い腕に抱かれ、一希の鼓動を感じた。

結婚していた二人なのに、こうやって触れ合うのは初めてだった。

美琴は彼の背中に腕を伸ばした。
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