仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
一希は、美琴のいるベッドルームに入って来なかった。

リビングで休んでいるか、バスを使っているのかもしれない。

一時間程してから美琴はベッドルームに繋がるシャワーブースに入り汗を流し身支度を始めた。

スイートルーム自慢の展望バスを使って入ってみたい気持ちはあるが、それには一希がいるであろうリビングを通る必要がある。

彼はきっとホテルでのんびりする気はないから、ゆっくり入浴などいい顔をしないだろう。

手早くメイクをして、ベージュのシンプルなワンピースに着替えを済ませると、深呼吸してベッドルームの扉を開けた。




一希は、リビングに居た。

ダークグレーのスーツ姿で、長い足を持て余すように組みソファーに座っていた。

ベッドルームの扉が開いたことに気づくと、手にしていたタブレットから、視線を上げる。

濡れたような漆黒の髪は、トップからサイドに少しボリュームのあるストレートミディアム。

長めの前髪からのぞく黒い瞳は綺麗なアーモンド型の二重。その眼差しは冴え冴えとしていて、見据えられると緊張感が襲ってくる。

すっとした鼻梁、薄い唇は、形良い小さな顔に絶妙なバランスで収まっている。

完璧な造作。そこに二十八歳という大人の男の色気が隠しきれずに溢れていた。だけど美琴に向ける視線はいつも冷たいから、見惚れるよりも怖さを感じる。

そんな気持ちを堪えて、意識して口角を上げて微笑んだ。

「おはよう、一希」
「ああ。用意は出来ているか?」

素っ気ない返事に、美琴は内心ため息を吐いた。
こちらは苦しい気持ちを全て胸に秘めて、笑顔を作ったと言うのに。
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