仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
翌日。

五時に目覚めた美琴は、身支度をしたあとキッチンでコーヒーを淹れてから納戸部屋に戻った。

美琴の使っている納戸部屋の広さは五畳弱。

長方形で一辺の壁に小さな窓がある。その窓の下にベッドを置いていた。

他には洋服を仕舞う為の箪笥と、小さな机に本棚。

それらはこの部屋に移った翌日に買ったものだ。必要最低限の家具だが、これ以上は置くスペースがない。それでもひとりの空間は快適だ。

美琴はベッドに腰かけ、コーヒーをゆっくり飲む。

朝食をつくらなくなってからは、こうして一希が朝の支度をする六時過ぎから出社するまで納戸部屋に籠っている。

顔を合わせない方がお互いの為だからだ。

彼は美琴が朝食をつくらなくても見送りに出なくても何も言わない。

むしろほっとしているのだろう。

毎朝、挨拶も無しに家を出て行く。それだって帰宅した場合の話で、数日無断外泊は当たり前で、美琴とは滅多に顔を合わさない。

家庭内別居、仮面夫婦。美琴と一希の関係を表すのに相応しい言葉だ。

しばらくすると物音が聞こえて来た。

一希が起きてシャワーを浴びにバスルームに行ったのだろう。その後はコーヒーを飲み、迎えの車に乗って出社する。

(そう言えば、一希は私が入れたコーヒーだけは飲む)

先に美琴がコーヒーメーカーを使ってしまうので、仕方なく飲んでいるのかもしれないが、意外でもあった。

ぼんやりと一希が出て行くのを待っていると、思いがけず納戸部屋の扉を叩く音が聞こえて来た。
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