愛のない部屋
篠崎さんの名前を出すのはヤバかったのか、顔色が変わった。
「アイツとは上手く行ってるの?」
「うん」
「優しいし、女の気持ちも分かるしな」
「そうだね。とても良い人」
篠崎は峰岸のことを優しい奴だと認めていたけれど、彼自身もなかなか優しいと最近、気付いた。
能天気な上司と距離を置いていた時には、見えなかったものが色々、見えてきた。
壁をつくっていた私には篠崎の"なにもかも"が見えていなかったようだ。
「気を付けて」
「うん。お邪魔しました」
静かにリビングの扉を閉めた。
緊張の糸が途切れたせいか、怖い想いをしたせいか、それ共、峰岸と離れたくないのか――
涙が溢れた。
最近の私は泣き虫で困る。
玄関を出るまで声を殺した。
泣いているところなんか峰岸に見せたくない。
あのお祭りで、私は笑っている方が良いと教えてくれたから。
最後のお別れを涙で、おしまいになんかしたくなかった。
涙を隠さずに再びリビングへと戻り、
峰岸に抱きつけるような女だったら、
私たちの恋は上手くいっていたのかな……。