愛のない部屋
「事故に遭ったとは知らずに、こんな話しをしてしまって悪い。ごめん」
優しい人。
「篠崎さん」
「うん?」
「私、確かに篠崎さんと付き合えたら気楽だと思いました。こうして悩むこともなく、楽しい毎日を送れるんだろうな、って。でもそれだけじゃなくて篠崎さんは優しく……」
「それ以上、言わないで?」
篠崎は私の唇に人差し指を当てた。
喋るなという合図を受け入れ、口を閉じる。
「俺、君に未練はあるからさ。だから褒められたりしたら、ちょっとね」
「……」
ウインクをされ、こっちが恥ずかしくなる。
「楽な恋愛なんて面白みに欠けるよ。ほら困難に直面すればするほど、絆は強くなるって言うし」
篠崎は車を発進させた。
「さぁ、帰ろうか」
「……」
「お礼なら峰岸と上手くいった後に、よろしく頼むよ」
爽やかな笑顔につられて、私も笑う。
頼もしい上司は私の恋路に協力してくれるらしい。
今更どうあがいても峰岸と上手くいくはずはないだろうが、それでも自分の気持ちに整理がついた時、誰よりも先に篠崎にお礼を言おう。
私もなにか篠崎の役に立てれば良いのだけれど。