愛のない部屋

「あ、やべっ」


峰岸は壁に掛けられた時計を見て、我に返ったようだ。


「先に行ってて」


「いや一緒に行くよ」


はぁ?

なんで一緒に行くの?


行き先が同じでも隣りを歩く必要はないと思う。



「いいから先に行って」


「車で行くから車内で化粧とかできるだろう?とりあえず服を着替えて来いよ」


「そこまでしてもらうつもりはないけど?」



「遅刻するのか俺の車に乗るのか。どっちがいいかなんて一目瞭然だろ」



威張りくさる峰岸の頬がまだ赤いのを見てこれ以上、文句を付けることは気が引けた。



「5分待って」


「またかよ」


「すぐ支度するから」


「ああ」


慌ただしい朝。
タキが海外に行ってしまうと知らされた翌日は、
峰岸のおかげでそれほど落ち込まずに済んだ。



だんだんと居心地が良くなっていく。



本音をさらけ出せる峰岸の隣りも、温かい家にも
慣れてしまいそうで、怖い。



タキがそうであるように、峰岸の隣りにもずっとは居られない。
ならば慣れ親しんでしまう前にこちらから距離を置かなければ。



他人と壁をつくり自己防衛することで、
なにも変わらない日常をつくるのだ。

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