愛のない部屋
車内で特に言葉を交わさないままメイクに専念した。
明るめの茶色のロングヘアーはタキが似合っていると言ってくれたから、髪を伸ばすことが好きだ。
女の子はナチュラルメイクが可愛いとタキが言っていたから、薄く化粧を施す日々。
ああやっぱり私の世界はタキで回っているんだ。
よく考えれば助手席に座って良かったのだろうかと、峰岸と別れてから気付いた。
本来、彼女の特等席であろう座席に図々しく座ってしまった……。
峰岸に彼女がいる気配はないが、だからと言って私が座って良いわけじゃなくて。
頭の中ではそんなことを考えながら、手元の資料をパソコンの画面に入力する。
「おはようさん」
背後から声が掛けられ、パソコンから顔を上げる。
「おはようございます」
陽気な挨拶は、この人の日課だ。
篠崎(しのざき)さんは、私の直属の上司。
朝からきっちりとセットされた髪型と、個性的なネクタイに高そうな時計。
外見は仕事の出来る男。
でも中身は……。
「昨日なにしてた?」
プライベートな質問が飛んできました。
「家でのんびりしてました」
昨日のことを思い出さないようにして、淡々と答えた。
「デートじゃなくて?」
ニヤリと口の端を上げて尋ねる篠崎に、心の中でそっと舌打ち。
「お付き合いしている人、いません」
上司には気を遣わなくちゃいけないなんて、面倒くさい。