愛のない部屋

置いてきぼりにされていることが、ほんの少しだけ寂しいなんて思うこと自体、贅沢なのに。



ひとつ、またひとつと欲しい物を手に入れて、そんな風に人はどんどん貪欲になっていくんだ。



『よし、仕事戻るか』


「うん。時間とらせてごめんね?」


『いや?女の子の声を聞きながら食事なんて、最高でしょ』


「それ結婚間近な人が言うこと?」


『アハハッ』



笑って誤魔化されました。



『じゃっ』

「ばいばい」



切られた電話。



通話を終了する音と入れ違いに、ヒールの音が響いた。



「楽しそうに、話してましたね」


愛想悪くかけられた声に、振り向けば。



社員証を首に掛けた女性が立っていた。



――誰だっけ、



人の顔を覚えることが不得意でどうにかして治したいものだと、嫌な汗をかいた。



「電話の相手は、男性ですか?」



どうして名も知らぬ女に、どうでもいいことを尋ねられているのだろう。



「……失礼ですが、どこの部署の方でしょうか?」


私の質問に、女の顔が赤くなった。

照れではなく、羞恥によるものだ。

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