レフティ
「あーやべーさすがに気持ち悪くなってきた」
深夜2時。
机に突っ伏して鎧塚さんが言った。
そりゃあそうだろう。
あのあとすぐに3本目のワインが空になり、そのほとんどは、先生と鎧塚さんの2人で飲み干したのだ。
私も美沙もお酒に強いと自負しているが、彼らはそのはるか上をいくことがわかった。
鎧塚さんはふらふらと立ち上がって、奥の部屋からポイポイっと複数枚のTシャツやら短パンやらを投げ出した。
「適当に着て~」
鎧塚さんの気遣いに甘えて、私は背番号10番 KAGAWAの代表ユニフォームとグレーのスウェットを、美沙はなんだかよくわらない黒人の顔が描かれたTシャツと黒い短パンを持って、洗面所で着替えさせてもらうことにした。
「ねぇ旅行だって。もう全然タカヒコさんとか眼中なくなった」
たぶん心の中では興奮しているのだろうが、美沙もまた限界に近い様子で、目を閉じたままそう言った。
「ん、後ろ前逆だよ」
背中に回った黒人の顔にぎょっとして私が直すと、彼女はふふふと謎の笑みを浮かべる。
「ほんっと里香のおかげ。先生と仲良くなってくれてありがと」
ぎゅっと私に抱きついた彼女の体がどんどんと重くなっていく。
これは絶対寝たな。
「美沙~頑張れ~あとちょっとだから~」
引きずるようにリビングまで彼女を持っていくと、すでに鎧塚さんは美沙のように後ろ前逆にTシャツを着て、床に転がっていた。
「おー近藤さんも落ちちゃった?」
西武ライオンズのユニフォームを纏った先生の鎖骨が、目に突き刺さる。
短パンから覗くほどよい筋肉のついたふくらはぎに、息がつまった。
もう今日だけで一体何度、先生にときめいたのだろう。
「ん?桃田さんも落ちてる?」
「はっ…いやいや。ちょっとぼーっとしちゃって…」
見とれているうちに、先生は美沙の右腕を支えて、ソファーに横にならせてくれた。
「すいません、ありがとうございます」
「いーえ。桃田さんって意外と面倒見いいのね」
「意外とは余計です」
並んで立つと改めて身長差を感じて、妙にドキドキした。
それがさらに私を可愛くない女にする。
「…ん~ゆうた~。でんき…けして~…」
寝言かのように小さな声で、でもはっきりとそう言った鎧塚さんは、床を這いつくばって、L字型のソファーの美沙が寝ていない方によじのぼって行き倒れた。
先生によって部屋の照明が常夜灯まで落とされると、当然辺りは暗くなり、それが私を妙な気分にさせてもう隣の先生を見ることができなかった。