恋の仕方を教えてくれますか？

「えー、ご存知の通り、今日から榊く…榊専務がこの関東支社に在籍することとなりました。本来なら全国を飛び回る身でありますが、榊専務たっての希望で関東支社の売り上げを1.5倍にするという目的でニューヨーク支社から再び日本に戻って来てくださった。」

そう課長が紹介すると、オフィス内が一気にざわつき始めた。

「無理でしょ」

麻里恵が私の隣で囁く…と同時に榊さんが私と麻里恵を一瞥し、すぐに逸らした。

もしかして、聞こえた…？

さすがの麻里恵も罰の悪そうな顔をしている。
もう、勘弁してよ麻里恵…！

「私がいつまでも喋ってたってつまらないな、では榊専務、改めてお願いします。」

そう言うと、課長は選手交代と言わんばかりに一歩後ろに下がった。

「私の事を知っている人も沢山いらっしゃると思いますが、新卒の方や中途採用の方々とはお初だと思うので改めて自己紹介します。」

懐かしい榊さんのゆっくりとした低温の聞き取りやすい声がオフィスに響いた。
ざわついていたオフィスも静まり返り、皆が榊さんの言葉を聞こうとしている。

「ただ今、前原課長にご紹介に預かりました、ニューウェーブホールディンクスの専務となりました榊宗明です。よろしくお願い致します。」

榊さんは笑みを浮かべて一礼した。

私たちもそれにつられて一礼する。
その時、榊さんの綺麗な靴が目に入った。

完璧だ…榊さんは頭の天辺から足の爪先まで完璧な人なんだ。

顔をあげると榊さんと目が合ってしまい、すぐに逸らしてしまった。

「…ははは、皆さんそうかたくならないでください。まぁそうなるのも無理はないかもしれませんね。先程前原課長がおっしゃった“関東支社の売り上げを1.5倍にする”は冗談じゃありませんからね。」

榊さんはまだ笑みを浮かべていた。でも、その笑みに温もりは籠っていない。
その目はちっとも笑っていなかった。

とても冷たい視線。

皆息をしているの？ってくらいオフィスは静まり返っていた。