mirage of story
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何も見えない。
目の前には何も無い。

暗い訳でもない。
勿論、明るい訳でもない。





無。

それこそが一番正しい表現。
当てはまる言葉は最早これしか見当たらない。



自分自身でさえも、此処が何処だか判らない。
それどころか、今自分がどのような状態で存在しているのか―――いや、果たして自分の存在すらも判らない有り様であって、情け無くて思わず溜め息が出た。















覚悟はしていた。
こうなることを自らの運命だと受け入れていた。


だけれど。
.........自分の存在を誰からも忘れ去られることが、こんなにも哀しいことだったなんて。

覚悟はしていたけれど、やはり胸が激しく痛む。




共に過ごした日々も時間も、共に築き抱いた思い出や感情も。
一人の人として確かに生きたはずの自分という存在も、もう誰の中にも残っていない。

自分の存在が付けたはずの軌跡は、今のあの世界に一筋の傷痕も残していない。




まるで初めから、自分など存在しなかったかのように。

自分という存在がぽっかりと欠落した世界は、それが普通であるかのように穏やかに巡る。
人々は何も変わっていないように、日常を過ごす。










でも、自分は確かにあの世界で生きていたのだ。

それは揺るぎない事実で、あれが自分の幻想だったとは思わない。
あれは確かに現実だった。



人々の記憶から自分の存在が消え去っても、自ら記憶したあの日々は消えることはない。

感じた悲しみも幸せも、あれは偽物なんかじゃない。







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