mirage of story
.........。
だけれど今、自分の居ない世界がそれを当たり前の現実として廻っている。
そしてそれを何処でもないこの場所で、客観的に見ている自分が居る。
神が本当にこの世界に居るのならば、随分と残酷なことをするものだ。
消えるのならいっそ、自分のこの意識も綺麗さっぱり消してくれればよかったのに。
.........。
でも、これでいいのだ。
今のこの現実―――誰からも忘れ去られる残酷なこの現実と引き換えに、自分は大切なものを手に入れた。
彼女の笑顔。
大切な人が、生きていく未来。
自分の全てを投げ売ってでも手に入れたかったものだ。
どうしても守りたかったものだ。
それが今、自分の居なくなったあの世界にはちゃんと在る。
それで充分だった。
―――ッ。
あ.......。
何も無い空間。
何処でも無い空間で想いに浸る。
そんな中で唐突にフワリと優しい香りが届く。
何も無いはずなのに、優しくてそして懐かしい香りが自分を包み込む。
いつの日か、彼女と共に立ち寄ったあの美しい場所で感じた香り。
"また二人で来よう"と今ではもう果たせなくなってしまった約束と共に、自分の記憶に残る香り。
レイリスという花の、甘く優しい香り。
幻かと思った。
......だけれど幻でもよかった。
あぁ、懐かしい。
彼女は今、どうして居るのだろうか?
自分が居なくなった世界で一体何を感じているのだろうか?
彼女が自分のことを覚えているということは無い。
―――でも、もしかしたら.......。
それは判っているが、微かな希望を捨てきれない自分も居た。
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