mirage of story
(宿屋なら、誰か人が居るかもしれないな)
ただ素直にそう思った。
他に特別な理由は無かった。
(よし、中に入って聞いてみよう)
トントンッ。
向かい合った扉。
初めは恐る恐る控えめに叩いた。
........。
だが返事はない。
人が居ないのだろうか?そう思い、キトラは少しだけ耳を澄まして中の様子を伺う。
薄いようで厚いドアの向こう。
......。
微かだが、そこから声が聞こえた。
どうやら人は、居るらしい。
そのことを確認したキトラは、もう一度扉を叩く。
今度は、さっきより大きく叩いた。
「......今、開ける....」
途切れ途切れだが、今度は返事が聞こえる。
(────よし。これで隊長のことが聞ける)
そう思いもう一度、確認の意味を込めて扉を叩いた。
――――。
ガチャンッ。
ゆっくりと開かれる扉。
「すいません。
少しお聞きしたいことが.....」
キトラは、開くドアに向かい声を掛ける。
その間にも開かれるドア。
外の光と、部屋の中の光が交ざり合う。
「────え.....」
だけれど言葉は途中で途切れた。
扉の向こうに、キトラは見つけてはいけないはずの紅を見付けて言葉を失った。
その見付けてはいけないはずの、だが見付けたかったはずの紅も―――彼を見付けて言葉を失う。
扉が完全に開け放たれた瞬間に在ったのは、沈黙と......再会だった。
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