あおいぽりばけつ
低い声と同時に肩にずしりと重みが乗る。反射的に顔を動かすとそこには、全く知らない人がいた。
ニヤついた顔で、首を傾げて、私を見る全く知らない男がいた。

「待ち合わせです」

まるで昔からの知り合いと言わんばかりに馴れ馴れしく私の肩に手を回すから、振り払ってそう言い放つとアルコールの香りが鼻を刺激する。
大袈裟に払われた手をぷらりぷらりと揺らして、男は待ってましたと言わんばかりに口を横にぱかりと開いて笑った。

「のう姉ちゃん。手ェ出したらいかんじゃろ」

乱暴に掴まれた手首に痛みが走った。だけどそれよりも恐怖が勝り声が出ない。恐怖から生まれる嫌悪感に吐き気がした。

「……離してください」

蚊の鳴くような声でそう言い、抵抗してみたが無駄だ。周りの誰も、浮かれて私達の事なんて、気にしていない。誰もナンパとは思わないのか、むしろ痴話喧嘩程度にしか思われてないのだろう。

「どうせ相手にすっぽかされたんやろ?お兄さんと静かァなとこで花火見ようや、な?好きなん買っちゃげるよ」

あぁ、足元から虫が這いずり回るような気持ち悪さだ。喉元まで湧き上がって来ている吐瀉物をどうにか抑えてももう、無理だ。
どれもこれも、全部陸の所為だ。
あの電話で誘いに乗ってくれればこんな目に遭わなかった。
あの日公園で私を見掛けて声なんか掛けて来なかったら、きっと花火大会になんか行きたいと思わなかった。
駅で肩なんてぶつけなかったら、出会わなかったら良かったのに。
八つ当たりにも程がある。今の状況を全て陸に繋げて、どうにか陸を嫌いになろうとする。

「陸……」

でも私は、私の心を信じたいと、そう願った。
居るはずの無い陸が、私を助けてくれると。
いつものように、フラッと現れて、きっと。

「彼氏、陸くん言うん?陸く〜ん!彼女が探しとるで〜!……おらんねぇ。ほらお兄さんと……」

そのわざとらしさも反吐が出る程気持ち悪い。
折角時間をかけて施した化粧も、汗と涙でボロボロだ。
きっと黒い涙が頬を伝っているんだ。みっともない、情けない、様々な感情が祭りの喧騒に踏み潰される。

陸、と胸の中で唱え続けても無常にも引っ張られる手。ずるりと地面を滑り鼻緒が親指と人差し指の間に食い込んで更に涙が滲む。
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