あおいぽりばけつ
夏休みの始まりはとても静かで、それでいて早足だ。
壁に掛けた群青色の浴衣を眺めてぶつけようのない気持ちを噛み殺す。

「お母さん、変やない?」

「普通やなぁ」

一緒に行く異性など、思い当たらない私は結局クラスメイトの友人と人混みに向かうのだ。
でも私は気が付いた。陸がこの人混みに居ないならまだ、まだ気が楽だと。

もしも他の女と歩いてでもしたら、私はきっとこの暑さも相まって気を違えてしまうだろう。

手に焼き鳥の串なんて危ない物を持っていたら目を突いてしまうだろうし金魚掬いなんかをした日には、相手の女の口に金魚を詰め込んで無理矢理に飲み込ませてしまうだろう。

「ナンパ多いけぇ離れんようにしぃよ。あんた断れん奴なんじゃけぇ」

そんな友人の言葉を右から左に受け流しながら花火が見える広場まで歩いていても、どうしてか似た背格好の男に目を奪われる。

好きになってしまったのだと、改めて思い知らされる。

居るはずも無いのに、と急に心が冷たくなってため息がでた。次に息を吸い込むと砂埃と濃いソースの香りが鼻腔に広がり、ぱたりと足を止めて友人に声掛ける。

「ねぇ、なんか食べ物買うてこやぁ」

折角めかし込み暑い中来たのだから、今は花火をと気持ちを切り替える為に口を開いて自分の甘さに嫌気がさした。
いない。友人とはぐれてしまったのだ。
携帯を開いてみると電波は弱い。人混みから抜け出してダメ元で鳴らしてみても無機質な声しか聞こえない。陸と出会ってからの私は、どこまでもついていない。

「ついちょらんわ。ほんまに」

着慣れない浴衣と下駄で探し回る気にもなれずに私は道の端で途方に暮れた。ふと視線を下げ親指と人差し指の間が薄紅に変わり出したのが見えてクラクラと頭が回る。

なんとか気力を振り絞り指を動かして居場所を伝える。センターで止まってしまっていたら会えずにここで待ちぼうけ。どうしようも無いから、道行く人々を睨むように見て涙を堪えた。

はしゃぐ騒音、呼び込みの声、砂利を踏み締める音、何処からか響く太鼓の音が腹の底を鈍く揺らすから不安を掻き立てる。
浮かれ切った人の波に向かって大きな溜息を吹き掛けた。

「デカい溜息吐いて、どうしたんな」
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