あおいぽりばけつ
目を開けていると、現実が辛すぎて堪らない。キツく目を瞑り、小さく「離して」と繰り返していると風が吹いた。
「なんじゃあ。ワシャいつからワレの彼氏なったんじゃ」
じくじくと痛んでいた手首がフッと軽くなり、柔い感触に変わった。
誰かが私と酒臭い男の間に割って入ったようだ。
ゆっくりと瞼を持ち上げ顔を上げると、そこにはようやっと見慣れ始めた三日月があった。心做しか息が乱れた陸がいて、心がざわつく。
「なんで……」
だけど、安堵よりも疑問がふつふつと沸く。次第に怒りが疑問と混ざり、心が鋭い鉛筆に真っ黒く塗り潰されていく。
来ないと言っていたのに。三日月を見上げても笑は零れなかった。ただ、眉間に深く深く皺が寄った。
何故居るの?
来なかったんじゃないの?
誰と来たの?
どの女と来たの?
なんで息が上がってるの?
疑問と悲しみ、怒り、喜び。全部混ざって汚い色になる。
「いやぁ〜、陸、ぶち足速いのう。ありゃ、雨の子じゃあ……」
その声と同時に甘い香りが漂った。
目線を向けると、和也と部室で見た女の子が此方を見ている。汚くなった絵の具は二度と綺麗にはならない。洗い流す以外、手立ては無いのだ。
「なんじゃあ、お兄さんもしかしてこの子泣かせたんか?パンダになっちょる」
和也がふらっと男に近寄り、まじまじと顔をのぞき込むとバツの悪い顔を浮かべ男は言った。
「まさかこんな可愛い子、無理矢理どうにかしようとして、泣かせたんじゃないよなぁ?なぁ?お兄さん」
「なんじゃあ……萎えるのう」
私の手を握ったまま黙る陸の肩をどんと押し、一目散に人混みに紛れた男の背中を見つめて和也が「追うか?」と陸に問えば、陸が「どうしたい?」と私に聞く。だけどそんな事はどうだって良くて、言葉が蛇口から吹き出す水のように流れ出す。
「なんでおるん?……来ん言うてたやん……なんで嘘つくん」
ぽろぽろと転がる言葉と涙。群青色の浴衣で良かった。陽は落ちて辺りは真っ暗で、本当に良かった。きっとこの黒い涙も今は隠してくれる。
「あ、違う違う!違うんよ。ワシが陸に行こうやって誘ったんじゃ」
浴衣の袖で頬を隠し、「なんで」と繰り返していると、次第に息が苦しくなった。浅い息を繰り返す私を見て、和也が宥める様に背中に手をまわそうとした。
「気安く触らんで……!!」
華やかな浴衣を着た連れの女の子と目が合って、どうしようもなく惨めな気持ちになってしまった。哀れみの視線を受けている気分になって私はきつく睨みつけてはっとする。
「ごめん。……助けてくれてありがとう。でももう二度と連絡せんから。さようなら」
肩で息をしながら言う私を見て、陸はずっと黙っていた。三日月を隠して。爪先を見て、ずっと。
「なんじゃあ。ワシャいつからワレの彼氏なったんじゃ」
じくじくと痛んでいた手首がフッと軽くなり、柔い感触に変わった。
誰かが私と酒臭い男の間に割って入ったようだ。
ゆっくりと瞼を持ち上げ顔を上げると、そこにはようやっと見慣れ始めた三日月があった。心做しか息が乱れた陸がいて、心がざわつく。
「なんで……」
だけど、安堵よりも疑問がふつふつと沸く。次第に怒りが疑問と混ざり、心が鋭い鉛筆に真っ黒く塗り潰されていく。
来ないと言っていたのに。三日月を見上げても笑は零れなかった。ただ、眉間に深く深く皺が寄った。
何故居るの?
来なかったんじゃないの?
誰と来たの?
どの女と来たの?
なんで息が上がってるの?
疑問と悲しみ、怒り、喜び。全部混ざって汚い色になる。
「いやぁ〜、陸、ぶち足速いのう。ありゃ、雨の子じゃあ……」
その声と同時に甘い香りが漂った。
目線を向けると、和也と部室で見た女の子が此方を見ている。汚くなった絵の具は二度と綺麗にはならない。洗い流す以外、手立ては無いのだ。
「なんじゃあ、お兄さんもしかしてこの子泣かせたんか?パンダになっちょる」
和也がふらっと男に近寄り、まじまじと顔をのぞき込むとバツの悪い顔を浮かべ男は言った。
「まさかこんな可愛い子、無理矢理どうにかしようとして、泣かせたんじゃないよなぁ?なぁ?お兄さん」
「なんじゃあ……萎えるのう」
私の手を握ったまま黙る陸の肩をどんと押し、一目散に人混みに紛れた男の背中を見つめて和也が「追うか?」と陸に問えば、陸が「どうしたい?」と私に聞く。だけどそんな事はどうだって良くて、言葉が蛇口から吹き出す水のように流れ出す。
「なんでおるん?……来ん言うてたやん……なんで嘘つくん」
ぽろぽろと転がる言葉と涙。群青色の浴衣で良かった。陽は落ちて辺りは真っ暗で、本当に良かった。きっとこの黒い涙も今は隠してくれる。
「あ、違う違う!違うんよ。ワシが陸に行こうやって誘ったんじゃ」
浴衣の袖で頬を隠し、「なんで」と繰り返していると、次第に息が苦しくなった。浅い息を繰り返す私を見て、和也が宥める様に背中に手をまわそうとした。
「気安く触らんで……!!」
華やかな浴衣を着た連れの女の子と目が合って、どうしようもなく惨めな気持ちになってしまった。哀れみの視線を受けている気分になって私はきつく睨みつけてはっとする。
「ごめん。……助けてくれてありがとう。でももう二度と連絡せんから。さようなら」
肩で息をしながら言う私を見て、陸はずっと黙っていた。三日月を隠して。爪先を見て、ずっと。