あおいぽりばけつ
夜の潮風が鼻を擽る。疎らにすれ違う車のライトを薄目で眺めてある日の陸が浮かび上がる。


花火大会の翌日。懲りずに陸の温もりを求めて私は椿西へと向かった。数回しか訪れた事が無いのに、迷わずに辿り着ける。辺りは既に真っ暗で、夏休みと言うこともあり殆ど人と出くわさない。
体育館へ向かう途中の部室を覗いても陸の姿は無い。周辺をふらりふらりと彷徨っていると背後に気配を感じた。

「あ、陸さんの……こんばんわ」

眼鏡をかけた男の子、鈴木が此方を向いて口を開く。振り返りゆっくりと歩み寄り、挨拶も忘れておずおずと問うた。

「……もう今日帰っちゃった?」

「いや、多分まだ体育館だと思います」

その言葉に弾き飛ばされて重い扉へと走り出す。体育館程分かりやすい建物は無いなと、くだらない事を考えて走る。胸の鼓動は早送りのビデオテープのように早くなる。下らない事を考えなければ、吐いてしまいそうだ。それ程までに、私はもう陸に心を奪われているのだ。

そっと扉を開けると、そこには一人佇み汗を拭う陸がいた。

しんと静まり返った体育館。きゅっとバレーシューズを鮮やかに鳴らして手に取ったボール。
首を一度回し、宙へと放る。
ふわりと弧を描き落ちていくボールは、まるで私の様だ。
助走をつけて高く跳ぶ陸が、堪らなく美しくて私はごくりと喉を鳴らす。

陸の言葉に浮かされて、浮かされたと思ったら現実を突きつけられて地に落とされる。だけどその全てが狂おしい程に愛おしくて私は何度もそれを求めてしまうのだ。

静かなフォーム、瞬きを一度。その刹那、耳が痺れる音がして思わず体が跳ねた。掴んだ鉄の扉を揺らしてしまう。

「……誰かおるんか」

ぎっと扉を睨む陸の声に身体が強ばった。
恐る恐る顔を出すと心做しか、陸の表情が緩んだように見えた。一息ついて、袖で汗を拭う姿に胸を射抜かれた。

「なんじゃあ、お前か」

そう言うと即座に視線を元へ戻して、転がるボールを追いかける。木目をじっと見つめて、声を零す。

「……見てていい?」

「好きにせぇ」

吐き捨てられるように言った言葉を拾い靴を脱いで体育館の中へ滑り込み、静かに私は陸を見つめる。

汗を拭う陸、ずれたサポーターを引き上げる陸、納得がいかないと言う顔の陸。大好きな青黒い髪から滴る汗。
見たことの無い陸に、汗を拭うことさえ忘れてただ目を奪われた。どれひとつ、見過ごしたくないと目を凝らす。

「……くそ暑い」

ぽつりと呟いた陸の言葉を聞き、私は外へと抜け出した。
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