あおいぽりばけつ
最後に会った陸を思い出して足取りは軽い。夕飯前、ワン切りを知らせるランプを見て胸が弾んだ。母に言われた門限までは、私は幸せ。
向かう途中、唇に指が触れて体育館での口付けを思い出し顔が火照る。何故だか洗えなくて、季節外れの唇の荒れ。ささくれをひとつ引っ張り血の味がした。
いつもの待ち合わせ場所の公園へ向かいながら、どんな顔をして「おかえり」と言おうかなんて考えていれば目的地はすぐそこ。
突き動かされ、走り出す足。胸が弾めば、息も弾む。息を整え公園へと駆け込んだ。
「……陸」
薄暗い公園のブランコに腰掛ける影がひとつ。
今日は逆転。始まりの日をなぞって陸の前に立った。揺れるブランコを勝手に止めて、不意に笑みが零れた。
たった数日、だけど私にとっては長い数日。やっと会えた嬉しさを抑えて言葉を選ぼうとした。が、陸の声が早かった。
「……おう」
抑揚の無い短い一言。その二文字に良くない何かを感じて言葉が隠れる。
項垂れるように腰掛けた陸の旋毛を闇の中で見つめて言葉に困る。「あ、」と情けない前置きをして言葉を捻り出した。
「……お疲れ様」
たった一言、やっと出たのはそれだけ。
大会の結果も聞けない弱い自分が情けない。そう思うのだけれど、今要らぬ事を口走ってしまうと目の前にいる陸ともう会えない気がしたのだ。
「インターハイ……あかんかったわ」
なんとなく分かっていた結果。こんな時、なんと声を掛ければ良いのか分からず立ち尽くしていると耳の辺りに届く夏の嫌な音がした。腕にじゅ、と刺される痛みを感じて叩いてみるが、その音の主は既に居ない。小さな痛みに気を取られて、返事が数拍遅れてしまった。
「……そっか」
やがて小さな痛みが痒みに変わり、ぽつりと腫れた脚を掻こうとしゃがんで止まる。
暗闇で見えなかった地面。空は満天の星が輝く夜だった。
それなのに陸の足元に二つの歪な水溜まり。乾く事無く、滴り続けて色が変わった土を見て目が焼ける。
痒さなんて気にならなくなって、ただ陸の流す涙をじっと見ていた。
「今年はいける思うたんじゃがなぁ……最後の年やったけぇのう、……悔しいのう」
余程堪えたのだろう。外し忘れた小指のテーピングを撫でている姿に眉根が寄った。
拭う素振りも見せず、静かに静かに雨を降らし水溜まりを作る陸が堪らなく愛おしくて、胸が痛い。
そっとよれたテーピングに指を添えて、息を潜めて陸の吐息に耳を傾けた。不揃いに奏でられるその吐息は涙に塗れて私まで涙が溢れてしまいそうだ。
もしも私が彼女なら、無責任に陸へ甘ったるい言葉を投げつけて優しく抱き締めてやれるのにと、ほんの少しだけ卑屈な私が顔を出す。
「最後のチャンスじゃったのにのぉ……」
それでも、ほんの少しの無責任で陸が、ほんの少しだけでも心を痛めずに済むのなら、そう思って私はそっと陸の首へと手を伸ばす。
「お疲れ様、陸……おかえり」
抱き締めた陸は、小さく思えた。私よりもずっとずっと大きい筈の陸が、うんと小さく。
向かう途中、唇に指が触れて体育館での口付けを思い出し顔が火照る。何故だか洗えなくて、季節外れの唇の荒れ。ささくれをひとつ引っ張り血の味がした。
いつもの待ち合わせ場所の公園へ向かいながら、どんな顔をして「おかえり」と言おうかなんて考えていれば目的地はすぐそこ。
突き動かされ、走り出す足。胸が弾めば、息も弾む。息を整え公園へと駆け込んだ。
「……陸」
薄暗い公園のブランコに腰掛ける影がひとつ。
今日は逆転。始まりの日をなぞって陸の前に立った。揺れるブランコを勝手に止めて、不意に笑みが零れた。
たった数日、だけど私にとっては長い数日。やっと会えた嬉しさを抑えて言葉を選ぼうとした。が、陸の声が早かった。
「……おう」
抑揚の無い短い一言。その二文字に良くない何かを感じて言葉が隠れる。
項垂れるように腰掛けた陸の旋毛を闇の中で見つめて言葉に困る。「あ、」と情けない前置きをして言葉を捻り出した。
「……お疲れ様」
たった一言、やっと出たのはそれだけ。
大会の結果も聞けない弱い自分が情けない。そう思うのだけれど、今要らぬ事を口走ってしまうと目の前にいる陸ともう会えない気がしたのだ。
「インターハイ……あかんかったわ」
なんとなく分かっていた結果。こんな時、なんと声を掛ければ良いのか分からず立ち尽くしていると耳の辺りに届く夏の嫌な音がした。腕にじゅ、と刺される痛みを感じて叩いてみるが、その音の主は既に居ない。小さな痛みに気を取られて、返事が数拍遅れてしまった。
「……そっか」
やがて小さな痛みが痒みに変わり、ぽつりと腫れた脚を掻こうとしゃがんで止まる。
暗闇で見えなかった地面。空は満天の星が輝く夜だった。
それなのに陸の足元に二つの歪な水溜まり。乾く事無く、滴り続けて色が変わった土を見て目が焼ける。
痒さなんて気にならなくなって、ただ陸の流す涙をじっと見ていた。
「今年はいける思うたんじゃがなぁ……最後の年やったけぇのう、……悔しいのう」
余程堪えたのだろう。外し忘れた小指のテーピングを撫でている姿に眉根が寄った。
拭う素振りも見せず、静かに静かに雨を降らし水溜まりを作る陸が堪らなく愛おしくて、胸が痛い。
そっとよれたテーピングに指を添えて、息を潜めて陸の吐息に耳を傾けた。不揃いに奏でられるその吐息は涙に塗れて私まで涙が溢れてしまいそうだ。
もしも私が彼女なら、無責任に陸へ甘ったるい言葉を投げつけて優しく抱き締めてやれるのにと、ほんの少しだけ卑屈な私が顔を出す。
「最後のチャンスじゃったのにのぉ……」
それでも、ほんの少しの無責任で陸が、ほんの少しだけでも心を痛めずに済むのなら、そう思って私はそっと陸の首へと手を伸ばす。
「お疲れ様、陸……おかえり」
抱き締めた陸は、小さく思えた。私よりもずっとずっと大きい筈の陸が、うんと小さく。