あおいぽりばけつ
肩を震わせ項垂れる陸の手を引いて、歩き出して何度目かのハリボテの城。
休憩一時間二千四百円の慰めには丁度良い、ジャージと部屋着の男女が雪崩込む。一番しょぼい部屋を選んだのは無意識だった。でも今は、豪華な装飾も広いベッドも必要無かった。陸の涙に溺れられる小さな部屋があれば良かった。

互いの見えぬ傷を舐め合うように静かに行為が始まる。シャワーを浴びる事すら煩わしい。ただ互いに求め合う。二人して泣きながら、気持ち良さは後回し。湿る肌に手を当てて、溢れ続ける涙を全て私に染み込ませてくれればと陸を受け入れた。

愛がない

保証もない

先も見えない

無い無い尽くしの行為でも、私の思いがあって陸の発散したい何かがあって、そして偽りだとしても温もりがあるのだからそれで満足じゃないかと言い聞かす。無いのなら、無理にでも後から何か理由を付けてしまえば、それで十分だ。

「のう」

陸の香りが消えてしまうのが名残惜しいが、纏わり付く汗を流そうとシャワールームへ向かおうとして、呼び止められた。

立ち止まり振り向いて、心臓の隅が痛くなる。
色の無い陸の顔が暗いライトに照らされている。どんな表情を浮かべているかも分からない。だけど心臓は暴走し始めて、胸が痛い。口から心臓が転がり出てしまいそう。

「……お互い、進路とかあるじゃろ」

ぽつりと零された言葉。嫌な予感がして、でも若しかしたらと淡い予感が私を麻痺させる。
陸と出会って散々思い知らされただろうに、どうやら馬鹿な私は期待する事を辞められないみたいだ。

けれど現実はやはり甘くは無い。

「もう会うん辞めようや」

側頭部をバットでフルスイングされた様な衝撃。頭から身体の中心へ響き、末端が冷えて震える。
突然の言葉に身体がカタカタと小刻みに震えだした。
そんな私を嘲笑う様に撫で付ける無機質な冷風が鬱陶しい。

「なんでなん……私、別に付き合うてなんて言わんやん……なんで」

「泣く女は嫌いじゃて、言うたよなぁ」

先程まで泣いていた奴に言われたくない、とは言えず震える腕で涙を拭った。
そして一度立ち上がり離れたベッドへ舞い戻り陸の腕を掴む。

「会ってヤるだけの関係でええよ。私何にも望まん
……陸が会いたい時だけでええからそんなん言わんで」

思えば出会ってから今日まで、私は無責任に陸へぶつかっていたのかもしれない。そんな事に気が付かず無責任にぶつかり続けたそのツケが、恋をした後にやってくるなんて私は聞いていない。
どう縋って良いか分からずに陸の手を握り私は首を振る。

「いけん。お前は幸せになれる。……幸せにならんといけん」

出会って初めて聞いた、穏やかな声だった。
その穏やかな声に思わず顔を上げて目から静かに涙が零れ落ちた。

「ワシも前に進まにゃならんのじゃ。お前を縛り付けとったら進めるもんも進めんじゃろ」

初めて髪を撫でられて、その手の温もりに堪えていた声が漏れて涙がシーツを濡らす。

「嫌や……嫌!無理、無理……私、陸と会えんのじゃったら死ぬんと同じや」

頭にのった手を掴み、素っ裸で私は駄々を捏ねる。
けれど陸は真っ直ぐに私を見つめて静かにこう言った。

「おしまいじゃ。なんもかんも、全部」

泣きながら何かを喚いたような気もする。だけどその言葉から後が思い出せない。ただ、大泣きをした後に襲う頭痛だけがはっきりと私に残る。

気が付けば反対方向へ歩く陸の背中を眺めて静かに涙を流していた。声を上げて泣きたいのに、そんな事をしたら余計陸に嫌われてしまうと唇をキツく噛み締めて、涙を零す。

家に帰ると、母が顔を真っ赤にして私の頭を叩いた。だけどその衝撃なんて今の私にはどうと言うことは無い。
今まで聞いたことも無い厳しい言葉を言われたけれど、そんな言葉よりも陸の言葉が私の心を何度も何度も切り付けて、私の心はもうズタボロになっていた。

学生最後の夏休み。八月の暑さにいっそ溶けてしまえたらと、ただ泣いた。
短い命を懸命に生き抜く蝉が羨ましいと、心の奥底から思った。
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