あおいぽりばけつ
前下がりの髪が頬を叩く。嘘をつくなと必死に。

トリートメントを施した髪が風に靡いて目の前を隠す。ゆっくりと瞬きをして大きく息を吐き捨てた。摘みたての花のような香りが鼻の頭を擽るけれど、私は潮風が好きだと繁華街を見渡して考えた。

静かに足を踏み出して、踵が地面に付く寸前に凍り出す。心臓が早鐘を打ち始め、少し肌寒い秋の夕方なのにじとりと下着が湿り出した。
燦々と降り注ぐ太陽の光の下でも分かる、青黒い髪。そして漂う甘い香り。

「それやったらさ、今度合コン行こうや!!バイト先の大学生がしようってうるさいんよ」

私を追い掛けながら楽しそうに話す友人の言葉など右から左。ただ、黒目に飛び込み鼻を悪戯に擽る香りに言葉に詰まって足が進まなくて。追い付いた友人は私を見て訝しげに顔を覗き込んだ。
そして私の視線を追って、友人が嫌悪感を露にして言う。

「うわ、椿西じゃ。早う行こう」

言い終えるが先か。甘い香りが周囲に舞った。目を丸くして、私の顔を二度見した後、何か言いたげな顔を見せた。

「和也、どうしたんじゃ」

甘い香りに引っ張られる様に振り向き揺れた黒髪。
顔を背けたいのに、目が離せない。
目が合っても陸の表情は一切崩れない。ふ、と目を細めて数秒。何も言わずにスタスタと歩き出すから悔しくて目頭が熱い。一瞬の出来事なのに、夏と冬が同時に押し寄せる。

「早う行くぞ」

追うように香りが引いて行く。
よせばいいのに気付けば私の足は走り出していた。
そして何度もシーツに包まって、何度も掴んだ肩を、震える手で掴んだ。

「ねぇ……なんかあったら、また連絡して」

「……なんじゃ、ナンパか?」

無造作に振り払われた手がじくじくと痛み出す。
だけど振り払われて舞った陸の香りが、あまりに久し過ぎて抱き寄せるように目元に手を当てた。
愛おしい鋭い眼差しが随分久しいように思えて、胸のかさぶたがまた剥がされた。

「待っとるから。私、ずっと待っとるよ」

女子高生と言うブランドを背負った私が、陸に会ったのはこれが最後だった。
何の価値も無い、そのブランドを失くした私はどこか心細くなっていた。真っ暗闇に、一人取り残された様な気持ちになってしまった。

今年の四季はやけに早足だ。

秋が駆け抜け、冬になる。冬が過ぎ、春になる。
だけ私の時はあの夏の夜から止まったままだ。死ぬ迄、きっと、止まったままなのだ。
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