あおいぽりばけつ
地に落ちた赤い実を爪先で潰す。ひとつ、ふたつ、みっつ。破裂したその実の名前を、私は知らない。
「吉岡さん」
高校を卒業し、地元の小さな会社に入社して数ヶ月。お茶を淹れ、コピーをとり、キーボードを叩く。
代わり映えのしない毎日だった。だけど、波のない静かで退屈な日々。
陸が今どこで何をしててどんな風に生きているかなんて全く見当もつかない。でもきっと、この街で生きているのだろう。そう思うと、寂しいけれど幾分心は穏やかになる。
「吉岡さんってば」
背後から肩を叩かれ、打つ必要の無いキーを叩いてしまった。
陸を想い始めたあの日から、私は私の名前を忘れかけていた。名前で呼ばれない内に、まるで私には元々名前など無かった様に頭がそう思い出していた。
呼ばれても、反応が遅くて時折上司から注意を受けていた。はっとして謝る癖がついてしまう。
「すいません……ぼーっとしてましたね」
バックスペースキーを一度押しながら振り返ると、二年先輩の高柳さんが立っていた。
「朝は眠いもんなぁ。ぼーっとするよな」
私の隣にしゃがみ、丁寧に書類のミスを指摘する声色はとても穏やか。
先輩が言っていた。高柳さんはモテると。優しくてイケメンで、ご実家がお金持ち。漫画から飛び出した様な人だと。そんな人が、こんな田舎にいるなんて信じられないと。
「ねぇ吉岡さん、聞いちょる?」
高柳さんの顔に穴が空くほど、見蕩れていた。
そんな私を見て、心配そうな顔をして高柳さんが笑う。
「聞いてます、はい」
「疲れとるんか?悩みか?」
心の何処かで一瞬、思ってしまった。
この人に恋をしていたら、私は幸せだったのだろうか、と。
涙の量は少なかったのかと、無駄に謝る癖など付かなかっただろうかと。
「俺、あんまり聞き上手やないけど、話して楽になるならいつでも相手するで」
しゃがんだまま重心を右から左に変えながら爽やかな笑顔でそう言う高柳さんは、眩しい。眩しさに目がすっと細くなる。
でも、どこかで陸がチラついて、この言葉が陸からの言葉だったらなぁ、と思ってしまうのだ。
「吉岡さん」
高校を卒業し、地元の小さな会社に入社して数ヶ月。お茶を淹れ、コピーをとり、キーボードを叩く。
代わり映えのしない毎日だった。だけど、波のない静かで退屈な日々。
陸が今どこで何をしててどんな風に生きているかなんて全く見当もつかない。でもきっと、この街で生きているのだろう。そう思うと、寂しいけれど幾分心は穏やかになる。
「吉岡さんってば」
背後から肩を叩かれ、打つ必要の無いキーを叩いてしまった。
陸を想い始めたあの日から、私は私の名前を忘れかけていた。名前で呼ばれない内に、まるで私には元々名前など無かった様に頭がそう思い出していた。
呼ばれても、反応が遅くて時折上司から注意を受けていた。はっとして謝る癖がついてしまう。
「すいません……ぼーっとしてましたね」
バックスペースキーを一度押しながら振り返ると、二年先輩の高柳さんが立っていた。
「朝は眠いもんなぁ。ぼーっとするよな」
私の隣にしゃがみ、丁寧に書類のミスを指摘する声色はとても穏やか。
先輩が言っていた。高柳さんはモテると。優しくてイケメンで、ご実家がお金持ち。漫画から飛び出した様な人だと。そんな人が、こんな田舎にいるなんて信じられないと。
「ねぇ吉岡さん、聞いちょる?」
高柳さんの顔に穴が空くほど、見蕩れていた。
そんな私を見て、心配そうな顔をして高柳さんが笑う。
「聞いてます、はい」
「疲れとるんか?悩みか?」
心の何処かで一瞬、思ってしまった。
この人に恋をしていたら、私は幸せだったのだろうか、と。
涙の量は少なかったのかと、無駄に謝る癖など付かなかっただろうかと。
「俺、あんまり聞き上手やないけど、話して楽になるならいつでも相手するで」
しゃがんだまま重心を右から左に変えながら爽やかな笑顔でそう言う高柳さんは、眩しい。眩しさに目がすっと細くなる。
でも、どこかで陸がチラついて、この言葉が陸からの言葉だったらなぁ、と思ってしまうのだ。