あおいぽりばけつ
がやがやと騒がしい居酒屋、暖簾で仕切られた半個室。向かい合ってグラスを持った。
初めて二人で飲みに行った日、高柳さんは屈託の無い笑顔でこう言った。
「今はプライベートやし、先輩とか後輩とか抜きにしたいんよね」
そう笑って、ふたつのグラスを滑らせて同じ高さで乾杯をした。
今日もまたグラスを滑らせて、高柳さんは美味しそうにビールを流し込む。まだ飲めない私はソフトドリンクを口にした。
「伊織ちゃん真面目よなぁ」
突き出しに出された枝豆をまじまじと見つめながら高柳さんが言うから口に運ぼうとしたお刺身を取り皿へと戻した。
「何処がですか、普通ですよ」
薄く開いた目でライターを見て、煙草に火をつける姿はたった二年早く産まれただけなのに驚く程に色っぽい。
私の返事に答えが返ってこなくて、また箸で刺身を掴もうとした時、紫煙と共に頬が熱くなる言葉。
「すげぇ真面目で、俺そういうとこが好きなんよね」
煙草を持った手の親指でこめかみをがりがりと掻きながら照れ臭そうに笑う高柳さんはとても素敵な大人の男性に見えた。
「……高柳さん酔ってるでしょ」
嬉しくて頬が熱くなるのに、何故かそれを他人事の様に見ている自分がいた。
職場の憧れの的が、私に恋なんて信じられない。
薄々感じてはいたけれど、不確かなモノとしか認識していなかった私には衝撃が大き過ぎた。
「酔ってねぇよ。本心だから」
箸を持つ手を握られて、こんな事を出来る人がこんな田舎の街にいるんだ、とまた他人事。
「でもまだ私入社してやっと半年過ぎたところですよ」
じっと見つめられて話しにくいと視線が泳ぐ。
そっと重なった掌を解き、おどけて見せると低い声で囁かれた。
「関係ある?それ」
チョコレートのように、甘い声だった。騒がしい店内の筈なのに二人を包む空気だけがしんと静まり返り、高柳さんの声だけが響く。
「ある、んじゃないですか?……それに」
「それに?」
誰にも打ち明けることのなかったあの夏の日々。
言おうか言わまいか。言って離れるならそれまでだ、と息を飲み一言、零す。
「……忘れられない人がいて、それで」
伏し目がちに灰皿に煙草を押し付けていた高柳さんの大きな瞳に私が映る。敢えてその一言で流れを切った私は、一人になる怖さに勝てなかったのだ。
陸の目が三日月なら、高柳さんの目は半月の様だ。優しく穏やかな真昼に浮かぶ、半月。
「……ほんっと、真面目だね」
甘く穏やかな声は私の涙腺を擽る。
長い腕が伸びて、私の頭を静かに撫でる。上書き、心がざわついた。それは多分、まだ私が心の片隅に陸を想う証拠なのかもしれない。
「焦らんでえぇよ。俺辛抱強いし、ずっと待てるけんね」
手にしたジュースは甘ったるい筈なのに、何故かしょっぱかった。小さくなった氷が口に転がり込み、がりっと奥歯で噛み砕く。
「その忘れられない人といた日々は、幸せだったん?」
何杯目かの焼酎を口に含みながら問われた一言。
なんでもお見通しだよと言わんばかりの表情に一瞬、躊躇ってしまう。
そして、私は小さな嘘を吐く。
「幸せでしたよ」
初めて二人で飲みに行った日、高柳さんは屈託の無い笑顔でこう言った。
「今はプライベートやし、先輩とか後輩とか抜きにしたいんよね」
そう笑って、ふたつのグラスを滑らせて同じ高さで乾杯をした。
今日もまたグラスを滑らせて、高柳さんは美味しそうにビールを流し込む。まだ飲めない私はソフトドリンクを口にした。
「伊織ちゃん真面目よなぁ」
突き出しに出された枝豆をまじまじと見つめながら高柳さんが言うから口に運ぼうとしたお刺身を取り皿へと戻した。
「何処がですか、普通ですよ」
薄く開いた目でライターを見て、煙草に火をつける姿はたった二年早く産まれただけなのに驚く程に色っぽい。
私の返事に答えが返ってこなくて、また箸で刺身を掴もうとした時、紫煙と共に頬が熱くなる言葉。
「すげぇ真面目で、俺そういうとこが好きなんよね」
煙草を持った手の親指でこめかみをがりがりと掻きながら照れ臭そうに笑う高柳さんはとても素敵な大人の男性に見えた。
「……高柳さん酔ってるでしょ」
嬉しくて頬が熱くなるのに、何故かそれを他人事の様に見ている自分がいた。
職場の憧れの的が、私に恋なんて信じられない。
薄々感じてはいたけれど、不確かなモノとしか認識していなかった私には衝撃が大き過ぎた。
「酔ってねぇよ。本心だから」
箸を持つ手を握られて、こんな事を出来る人がこんな田舎の街にいるんだ、とまた他人事。
「でもまだ私入社してやっと半年過ぎたところですよ」
じっと見つめられて話しにくいと視線が泳ぐ。
そっと重なった掌を解き、おどけて見せると低い声で囁かれた。
「関係ある?それ」
チョコレートのように、甘い声だった。騒がしい店内の筈なのに二人を包む空気だけがしんと静まり返り、高柳さんの声だけが響く。
「ある、んじゃないですか?……それに」
「それに?」
誰にも打ち明けることのなかったあの夏の日々。
言おうか言わまいか。言って離れるならそれまでだ、と息を飲み一言、零す。
「……忘れられない人がいて、それで」
伏し目がちに灰皿に煙草を押し付けていた高柳さんの大きな瞳に私が映る。敢えてその一言で流れを切った私は、一人になる怖さに勝てなかったのだ。
陸の目が三日月なら、高柳さんの目は半月の様だ。優しく穏やかな真昼に浮かぶ、半月。
「……ほんっと、真面目だね」
甘く穏やかな声は私の涙腺を擽る。
長い腕が伸びて、私の頭を静かに撫でる。上書き、心がざわついた。それは多分、まだ私が心の片隅に陸を想う証拠なのかもしれない。
「焦らんでえぇよ。俺辛抱強いし、ずっと待てるけんね」
手にしたジュースは甘ったるい筈なのに、何故かしょっぱかった。小さくなった氷が口に転がり込み、がりっと奥歯で噛み砕く。
「その忘れられない人といた日々は、幸せだったん?」
何杯目かの焼酎を口に含みながら問われた一言。
なんでもお見通しだよと言わんばかりの表情に一瞬、躊躇ってしまう。
そして、私は小さな嘘を吐く。
「幸せでしたよ」