あおいぽりばけつ
「出会いは最悪で、……って言うか良かった印象なんてこれっぽっちも無いんよね」

からからと氷を鳴らしてあの雨の日を思い出す。そこからの四季、どれをとっても私は笑ってはいなかった。陸を思い浮かべながら、ぽつりぽつりと話し出して自嘲気味に笑ってみせた。

「目が、三日月みたいに鋭くて、なんだろうね。私の心を深く引っ掻きやがったから忘れらんないのかな。ただのセフレだったんだけどね」

梅雨、額を寄せた胸板の温かさ。
夏祭り、掴まれた手首の感触。
体育館、奪った唇の柔らかさ。
ラブホテル、撫でられた手のひらの大きさ。
身体を重ねて、溺れた苦しさ。

全て、色褪せてしまったのに昨日の事のように思い出せてしまうのだ。

「否定する訳やないし、伊織ちゃんの気持ちもわからんでもない」と前置きを置かれ、思ってくれる人に一票を投じた同期が口を開いた。

「でもな、伊織ちゃん」

同僚がテーブルをこんこんと叩きながら熱弁をふるう。

「正直、正直な話な?絶対に高柳さん程良い人はおらんよ。これは言い切れる。忘れられない人がいても、高柳さんを振るなんて絶対に後悔する」

「うーん、そう、じゃね」

忘れられない人を選ぶと語った同僚も口の咀嚼と同時に頷き賛同し始めた。

「ごめんな、伊織ちゃんの忘れられない人を否定したい訳じゃないけど、聞く限り、その人よりも高柳さんと一緒にいた方が幸せになれると思うんよね」

「ねぇ……」と顔を見合わせて二人が言う。

陸に恋をして、私は大人になった。恋をしたまま、年だけ取ってしまった。つまり、陸は私の全てと言っても過言ではないのだ。

「旅行に誘われたけど、ぶっちゃけ乗り気じゃない」

否定をされると心が萎びていく気がする。
ぐぐぐと俯いて、私は小さく呟いた。

「でも行けば何か変わるかもよ?」

二人は声を合わせてそう言った。

旅行の準備は未だに終わらない。
気が乗らない事には、気持ちは後ろを向いたまま。

「皆の憧れの高柳さん独り占めにするんだから楽しんでこなきゃ承知せんよ」

駅の改札で叫ばれた。
周りの利用客は私の事も、高柳さんの事も知らない。知らないのだけど、何故だか恥ずかしくて穴があったら入りたい、そんな気分になりながら最終電車に飛び乗った。

家に着き、半開きのトランクを見て溜息をひとつ。
新しい下着を入れる気にもならずに、使い古した少しだけ良い下着を詰め込み、布団に潜り込む。
< 40 / 82 >

この作品をシェア

pagetop