あおいぽりばけつ
重たいトランクを引き摺り、白い息を吐きながら玄関をすり抜けると既に高柳さんの車が停まっていた。私の姿を見てか、静かに車から降りて来て笑いかけた。

「おはよう」

低い声は澄んだ空気を優しく震わせた。垂れた髪を耳にかけて、私は力なく微笑んで小さな声で「おはようございます」と返す。

何も言わずに私の手からトランクを攫い、後部座席に詰め込む高柳さんはどこまでも優しい人だ。
「乗って」と開けられた助手席の扉。乗り込むとコーヒーの香りが鼻を擽る。

「カフェオレで良かったやんね」

運転席に乗り込みながら指さした二つのカップ。
まだ、湯気が立っているカップを見つめて頷いて、胸が痛くなる。
雑巾絞りをされたように、キリキリと、痛い。

「一時間ちょっとで着くから寝ててええよ」

手渡されたブランケットは柔らかくて、私に重くのしかかる。先程よりも声のボリュームを上げて楽しげに話し出す横顔を見て、自分に対する嫌悪感が車の屋根を突き抜けていきそうになった。

「隣の県言うても案外行かんもんなぁ。俺久し振りに行く」

「私も小さい頃に行ったっきり、行ってないなぁ」

温かいカフェオレを口に含みながら答えると高柳さんは落ち着いた声で私に謝った。

「ごめんなぁ、折角の三連休に無理やり誘ってしもうて。でも成人式終わってから伊織ちゃん、浮かん顔しとったけぇ心配やったんよ」

その言葉を聞いて、私はなんて酷い人間なんだろうかと顔が曇った。同時に私は早く高柳さんから離れなければならないと強く思ってしまった。

「何も気にせんでええ、伊織ちゃんにリフレッシュして貰いたいんよ。だから向こう着いたら別行動でも構わんよ」

「ありがとうございます」

それ以上、何も言えずに私はブランケットを肩まで被り口を閉じた。ラジオのDJは三連休の幕開けを明るく彩ろうと軽快に喋っている。流れるリクエスト曲も陽気な曲調で、私の居心地をさらに悪くして行く。

「朝早かったもんな、ゆっくり寝や」

黙りこくる私を、寝てしまったと思ったのか高柳さんが呟いた。
ラジオから流れたリクエスト曲は、片思いの歌だった。誰よりも、自分があの子を好きだから、辛くて辛くて仕方ない。それでも諦められなくて今日もまた目で追ってしまう。甘い男性ボーカルの歌声を聞いて、高柳さんが独り言ちる。

「恋ってこんな辛いんやなぁ」

無意識に堪えていた筈の涙がすぅ、と頬を滑った。
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