あおいぽりばけつ
「出来れば、泡になって人魚姫に会いたいなぁ」

置かれた靴を蹴散らして隣に座ると高柳さんがまた、上着を私の肩に置いた。そして静かで低い声が私を包み込む。

「会えんやったら泡になった意味無いやん」

掌に砂を閉じ込めてさらりさらりと落としながら高柳さんが笑った。ムキになって口を尖らせた。

「でも何処かに居るかもしれないでしょ」

「……まぁいつか会えるかもやけどね」

ざざん、ざざんと波の奏でる音に聞き入りながら私は青をじっと見つめた。ふらりと立ち上がり一歩二歩前へと進む。

「私が泡になっちゃったら、……高柳さんは悲しんでくれますか?」

振り向いてけたけた笑いながら問うと、真っ直ぐ私を見つめて高柳さんが柔く笑み、口を開く。

「……そしたら俺もすぐ泡になるよ」

暗く重たい問なのにふにゃりと笑って言うから、どんな顔をしたらいいか分からずに海を見て歩き出す。

「……そこは悲しむだけで、いいんですよ」

もう後一歩で爪先が濡れてしまう。その瞬間、暖かい腕の中に閉じ込められた。嗅ぎ覚えのある、香水に柔軟剤。シャンプーの香り。全てが温かいのに受け入れられない。

「悲しんでから、泡になって伊織ちゃんを探す、じゃあダメ?」

「……誰かに見られちゃいますよ」

「誰も居ないから、良いんじゃない?」

回された腕を解けない弱さに、温かさに、涙がぽろぽろと零れ落ちて高柳さんの腕を濡らしてしまう。
拭っても零れる涙すら、私を責める。

「俺の気持ちは出会ったあの日からこれっぽっちも変わっちょらんよ。伊織ちゃんが大好き。無理して笑ったり明るく振る舞う伊織ちゃん見るん、辛い」

髪を揺らす暖かい吐息が私の心を更に濡らしていく。

「今、伊織ちゃんがどんな事を思っちょるか知りたい。どんな風にこの景色を見ちょるんか、何に胸を痛めちょるか、全部知りたいなって」

優しく抱き締められて、私の視界がどんどん歪んでいく。同時に口は硬く閉ざされて行き何も言えない。

「でもな、無理強いしてまで聞き出したい訳じゃないし、こう言う時にどうな風にしたらいいか分からんからね……お願い、泣かんといて」

心の傷に潮風がしみる。優しさが更に私の傷を深く深く抉り込んできて、静かに私は口を開いた。

「高柳さん、先にホテルに帰って下さい。……少し一人で考えさせてください……」

私の言葉を聞いて、数秒。すっと解かれた腕。残った温もりもすぐに潮風が攫って行った。
じゃり、じゃりと私から遠ざかって行く足音。耳を傾けて私の頬が冷たく濡れて行った。
< 50 / 82 >

この作品をシェア

pagetop