あおいぽりばけつ
あんなにも、泣いたのに気が付けば空腹。手を合わせて「いただきます」と声を上げて箸を取る。
温かな汁椀を手で包みじんわりと温もりを貰う。

「明日は予定立てずにゆっくりしようか思うんよね。チェックアウトが昼前やから、目覚ましかけんと寝れる」

魚の骨を丁寧に取り除きながらそう話す高柳さん。その姿を眺めながらサラダを手元に引き寄せて沈黙。こんなにもたくさんの料理が並んでいるのに、箸が重たい。

「今日は楽しかったです」

「無理しなくていいんよ」

私の言葉が終わる前に、遮られた。ぱっと顔を上げればいつもと変わらぬ優しい笑顔の高柳さんが居た。
白米を口に運んで、もそもそと咀嚼してみても味がしない。まるで砂を噛んでいるようだった。楽しい筈の食事が、空気の重たさに負けて辛い。

そんな私を見てか、高柳さんが静かに口を開いた。

「旅行終わったら聞けばいいんか、ずっと聞かんまんま、こんな関係を続けていけばいいんか俺にはわからんから、今聞くわ」

かたりと箸を置いて手繰り寄せたのは煙草。火を付けて立ち上がる高柳さんの背中をじっと見る。

「海で、気持ちの整理してたん?」

直球で投げられる言葉を上手く返せずに黙りを続けていると、カーテンを少しだけ捲り高柳さんが話す。

「……なんとなく、伊織ちゃんがどうするかわかるけん、怖いっちゅうか悲しいっちゅうか……」

肩を竦めておどけた様に話し続ける高柳さんを見て、目頭がじわりじわりと熱くなっていった。ガラス越しにぱちりと目が合って、思わず目を逸らしてしまった。

「待ってても、多分伊織ちゃんは俺ん所には来てくれないんやろうね」

「……高柳さん」

「それでも、言わせて欲しいんやけど聞いてくれる?」

立ち上る紫煙が目に染みたのか、目元を一度軽く抑えた高柳さんが鞄を漁って座布団に座る。

「俺、来年本社に移動になった」

突然の報告ではなかった。社内でそんな噂が流れていたのはもう数ヶ月ほど前からだった。こんな片田舎の支社から本社へと移動、所謂栄転だ。

「お、めでとうございます……」

祝いの言葉を口にすると、高柳さんは手のひらに何かを隠して机に置いた。ふわりと開いた手の中には、きっと指輪の入った小さな箱が此方を見ている。

「誰かをすごく好きになる事も、誰かと一緒にいたいと思う事も、伊織ちゃんが初めてやから……なんて伝えるのが一番なのか分からないから単刀直入に言うな」

すぅ、と息を吸い、吐いて。真っ直ぐに私を見つめて高柳さんが口を開いた。

「一緒に来て欲しい」

曇りのない眼差しはこんなにも優しく心を貫いてしまうのか。
音を立て、目から零れていく涙が全ての答えだった。
< 54 / 82 >

この作品をシェア

pagetop