あおいぽりばけつ
何も言えず、閉じたままの小箱を眺めてとめどなく溢れる涙。拭う価値もない涙は机を濡らして、箸を濡らす。
「その涙が、暖かい涙やったらどんなに幸せじゃろうか」
ふふ、と小さく笑う顔は寂しげで。私がしてあげられる事が何かあるのだろうか。行き場を無くした高柳さんの掌の上で佇む小箱。受け取れない。
そっとポケットに手を忍び込ませて小さな小袋を握り締めた。
「……ありがとうございます。でも、私は行けません。ごめんなさい」
涙で言葉が詰まってしまう。それでもしっかりと一字一字噛み締めて伝える。
力のこもる手は白くなり始めていた。
「こんななんの取り柄もない私を、好きになってくれただけでも幸せなのに、そこまで想って貰えて……」
緩くなる涙腺と垂れる鼻水をティッシュで隠してゆっくりと思いを告げる。
「高柳さんと出会って、私は自分の名前を思い出せた」
傍から聞けば支離滅裂かもしれない。だけど高柳さんはにっこりと笑んで私の話に耳を傾けてくれている。
「上手く笑えなかった私を、また笑えるようにしてくれた」
綺麗な思い出が詰まったアルバムを一ページ一ページ、ゆっくり捲りながら言葉を繋ぐ。誰が聞いたって、下手くそな話を真剣に聞いてくれる優しさに、心からの気持ちを伝えたいと思った。
「出会わなかったら、私はずっと暗いトンネルの中で蹲ったまんまだったと思う」
手の甲で拭う涙は、冷たくなんかなかった。暖かくて、皮膚から染み込み、私を潤す。
「だけど私は、中途半端な気持ちで高柳さんについて行けない。だからそれは受け取れません」
頭を下げて言えば、やはり悲しげな笑み。
堪らずに身を乗り出して高柳さんに言う。
「触って。……冷たくなんかないですよ」
手を引いて私の頬に当てると高柳さんが吹き出して、親指で頬を撫でた。
「……伊織ちゃんの、そういう所が大好きでな、だから連れて行きたいって思ったんじゃろうね」
部屋のライトに照らされた小川は全部で三つ。私の両目と、高柳さんの右目から。
そっと手を伸ばして少し硬い高柳さんの右頬を撫でた。
「高柳さんの涙も、暖かいですね。……とっても」
「人を思うて流す涙はこんな暖かいんじゃな。知らんかったわ」
二人で泣きながら、笑い合って頬を撫でて。もしかしたら、こんな未来が待っていたのかもしれないと思うと胸が満たされて心地よくて苦しい。
「……成人式で、薔薇をくれたじゃないですか」
私の手の温もりを確かめるように目を閉じている高柳さんに言葉を差し出す。
数秒かけて目を開いた高柳さんが「うん」と笑う。
「これ、貰ってください」
ポケットに忍ばせていた、ステンドグラスのキーホルダー。薔薇を模したキーホルダー。
「……赤い、薔薇じゃ」
私の頬に添えられた手をそっと剥がしてキーホルダーを乗せた。
ぎゅう、と高柳さんの手ごと握り締める。
「高柳さんは、私の心を燃やしてくれました。ずっと燻ってたまんまだった心を。だから、私の心をあげます。高柳さんに出逢えたから、私はまた一歩前に進めた」
ずっと微笑んでいたままだった高柳さんの顔がみるみる歪んでいき、涙が机を濡らす。小さな水溜まりを作り、声にならない叫びを何度かあげて。
「その選択で、伊織ちゃんは泣かん?」
「きっと多分たくさん泣きます」
「伊織ちゃんが好きな俺は、それを許せんのよね」
「それでも私は、高柳さんと幸せにはなれません」
立ち上がって窓辺に近付いて、震える手でカーテンを撫でた。深呼吸を一度。静寂を切り裂く小さな音を立ててカーテンを開けた。
「私は、三日月が好きなんです」
精一杯の笑みで高柳さんを見ると、笑顔とも泣き顔とも言えぬ顔で私に言った。
「やっぱり伊織ちゃんは、綺麗やね」
手のひらに収まった私の心を慈しむような眼差しで見つめて、高柳さんが息を吐く。
全てを伝えて、清々しさに包まれる私は窓を向く。そっと後ろから腕が伸びて、「少しだけ」と声がした。
広く深い海のような優しさが私を撫でる。この温もりは、もう二度と私には訪れないだろう。後ろの道は自分で切り落とした。泣いてばかりのこれからだろうと、私は前に進むしかないのだろう。
「その涙が、暖かい涙やったらどんなに幸せじゃろうか」
ふふ、と小さく笑う顔は寂しげで。私がしてあげられる事が何かあるのだろうか。行き場を無くした高柳さんの掌の上で佇む小箱。受け取れない。
そっとポケットに手を忍び込ませて小さな小袋を握り締めた。
「……ありがとうございます。でも、私は行けません。ごめんなさい」
涙で言葉が詰まってしまう。それでもしっかりと一字一字噛み締めて伝える。
力のこもる手は白くなり始めていた。
「こんななんの取り柄もない私を、好きになってくれただけでも幸せなのに、そこまで想って貰えて……」
緩くなる涙腺と垂れる鼻水をティッシュで隠してゆっくりと思いを告げる。
「高柳さんと出会って、私は自分の名前を思い出せた」
傍から聞けば支離滅裂かもしれない。だけど高柳さんはにっこりと笑んで私の話に耳を傾けてくれている。
「上手く笑えなかった私を、また笑えるようにしてくれた」
綺麗な思い出が詰まったアルバムを一ページ一ページ、ゆっくり捲りながら言葉を繋ぐ。誰が聞いたって、下手くそな話を真剣に聞いてくれる優しさに、心からの気持ちを伝えたいと思った。
「出会わなかったら、私はずっと暗いトンネルの中で蹲ったまんまだったと思う」
手の甲で拭う涙は、冷たくなんかなかった。暖かくて、皮膚から染み込み、私を潤す。
「だけど私は、中途半端な気持ちで高柳さんについて行けない。だからそれは受け取れません」
頭を下げて言えば、やはり悲しげな笑み。
堪らずに身を乗り出して高柳さんに言う。
「触って。……冷たくなんかないですよ」
手を引いて私の頬に当てると高柳さんが吹き出して、親指で頬を撫でた。
「……伊織ちゃんの、そういう所が大好きでな、だから連れて行きたいって思ったんじゃろうね」
部屋のライトに照らされた小川は全部で三つ。私の両目と、高柳さんの右目から。
そっと手を伸ばして少し硬い高柳さんの右頬を撫でた。
「高柳さんの涙も、暖かいですね。……とっても」
「人を思うて流す涙はこんな暖かいんじゃな。知らんかったわ」
二人で泣きながら、笑い合って頬を撫でて。もしかしたら、こんな未来が待っていたのかもしれないと思うと胸が満たされて心地よくて苦しい。
「……成人式で、薔薇をくれたじゃないですか」
私の手の温もりを確かめるように目を閉じている高柳さんに言葉を差し出す。
数秒かけて目を開いた高柳さんが「うん」と笑う。
「これ、貰ってください」
ポケットに忍ばせていた、ステンドグラスのキーホルダー。薔薇を模したキーホルダー。
「……赤い、薔薇じゃ」
私の頬に添えられた手をそっと剥がしてキーホルダーを乗せた。
ぎゅう、と高柳さんの手ごと握り締める。
「高柳さんは、私の心を燃やしてくれました。ずっと燻ってたまんまだった心を。だから、私の心をあげます。高柳さんに出逢えたから、私はまた一歩前に進めた」
ずっと微笑んでいたままだった高柳さんの顔がみるみる歪んでいき、涙が机を濡らす。小さな水溜まりを作り、声にならない叫びを何度かあげて。
「その選択で、伊織ちゃんは泣かん?」
「きっと多分たくさん泣きます」
「伊織ちゃんが好きな俺は、それを許せんのよね」
「それでも私は、高柳さんと幸せにはなれません」
立ち上がって窓辺に近付いて、震える手でカーテンを撫でた。深呼吸を一度。静寂を切り裂く小さな音を立ててカーテンを開けた。
「私は、三日月が好きなんです」
精一杯の笑みで高柳さんを見ると、笑顔とも泣き顔とも言えぬ顔で私に言った。
「やっぱり伊織ちゃんは、綺麗やね」
手のひらに収まった私の心を慈しむような眼差しで見つめて、高柳さんが息を吐く。
全てを伝えて、清々しさに包まれる私は窓を向く。そっと後ろから腕が伸びて、「少しだけ」と声がした。
広く深い海のような優しさが私を撫でる。この温もりは、もう二度と私には訪れないだろう。後ろの道は自分で切り落とした。泣いてばかりのこれからだろうと、私は前に進むしかないのだろう。