あおいぽりばけつ
寝てしまうのかと、空を見上げてひと息ついた。歯を磨かなきゃ、お風呂は明日でいいかな、と考えて洗面所へ歩き出す。

固くて磨きにくい歯ブラシに、洗った気にならない歯磨き粉を捻り出して口に運ぼうとすると扉を静かに開けた高柳さんと鏡越しに目が合った。

「磨かなきゃ」

後頭部を掻き、私の隣に立った高柳さんが同じ様に歯ブラシを取り出して水をつけた。
そして無言で私に歯ブラシを差し出すからきょとんとしていると、高柳さんも目を丸くする。

「歯磨き粉、分けて」

「新しいのありますよ?」

私がそう言うと、苦笑いをして首を振る。

「勿体ないやん」

精一杯にわがままなのだろう。困った様な‪笑いが込み上げて「変なの」と言い歯磨き粉を捻り出した。

しゃこ、しゃこと不揃いに奏でる音は、心を締め付ける。先程の話し合いの結末が違えばこれからの毎日が、この音で始まり、この音で終わっていたのか。そう思うと変な気分になってしまって歯茎が痛んだ。

ぺっと吐き出した白濁に、少し血が混じっていた。

「強く磨き過ぎじゃろ」

水を流しながら同じ様に白濁を吐き、高柳さんが言う。私の顔に手を添えて指を口に捩じ込んだ。

「まだ血が滲みよる。よう口ゆすぎなよ」

備え付けのコップにぬるま湯を注いで手渡された。口に含んだぬるま湯が血生臭く感じて不快感。
吐き出せば薄く、血の色。

「さ、お風呂は明日で朝に温泉行こう。疲れたやろ」

手を引かれて歩む畳は少しささくれだっていた。足を擦りながら歩いて崩れるように布団にダイブすると、静かに布団をかけられた。

「海、寒かったやろ?暖かくしやな風邪引いちゃうよ」

高柳さんと過ごして肥えた心が、私を自信過剰にしてしまう、そんな事誰が思おうか。

「たくさん考えてくれて、本当にありがとう」

電気を消しながら言う高柳さんに、甘えて強くなった気になっていた、なんて今の私は知らなかった。

「幸せになるんよ。もし、泣いてるって聞いたら無理矢理にでも伊織ちゃんを奪いに行くからね」

愛される喜びを一欠片、手にした私はこの先の未来を受け入れられるのか、そんな悲しい事、ほんの少しだって想像も出来なかった。
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