あおいぽりばけつ
再び陽を浴びてすくすくと育ち、休息する為の陰を落とす木。その安らかな木漏れ日に私は、溺れた。

仕事が終わる頃、陸からの着信があった。休憩室でそれを見て、すぐさま折り返す。ワンコール、ツーコール、繋がるまでがやたら長くてもどかしさに気が狂いそうだ。

「ごめん、仕事やった」

「おう、今から会えるか?」

再び身体を重ねる様になり、陸はあの頃よりも頻繁に私を呼び出した。馬鹿な私は陸がこちらを向き始めてくれた、と心からそう思っていた。

「あ〜、……うん、会える。いけるよ」

「ほいじゃら、いつもんとこで待っちょるわ」

高校時代の友人と交わした今日の約束と降って湧いた陸との逢瀬。二つを天秤にかけて私は頷いた。
陸との電話を切り、急いで友人に電話を掛ける。

「もし?あと髪巻くだけで準備終わるけぇ、十五分くらいで待ち合わせ場所行けるで」

三コール目で繋がった電話先、明るい声が聞こえて些か申し訳ないと思いながら断りを切り出す。

「ごめん、今日ちょっと無理になったわ」

「はぁ?ちょ、待ちぃな。めっちゃ前から今日の約束しとったやんな?それは無いじゃろ」

機械越しにも分かる怒り。どう宥めて良いか分からずに、時計を気にしてひたすらに「ごめん」と繰り返す。

「今回だけじゃないやん。あんた最近こんなんばっかりやん。私もそろそろ怒るで」

ごもっともだった。友人の言葉にぐうの音も出ない。これで何度目かと責められて、頭で数えてみたが全て陸を優先したが故の結果だ。

「ごめん……ほんまにごめんね。今度何か奢るから……」

「違うやん、奢るとかそんなんじゃないんよ。私だって暇な訳やないんよ」

歩き出して謝って、立ち止まる。それを二度三度繰り返した。
目の前はもう待ち合わせ場所。視界には陸。友人の言葉に耳が火傷してしまいそうだった私は携帯から耳を離して手を振った。

「誰と電話?」

私を見つけ、近寄ってきた陸が闇に紛れる程の小さな声で問うた。
携帯からは変わらず友人のお説教が聞こえている。

「実は今日高校ん時の友達と約束してて……」

「……ちょい変わって」

顔色ひとつ変えずに陸が手を差し出した。何故、と言う疑問を抱くよりも早く私は携帯を差し出した。私の頭の中は陸で埋め尽くされていたのだ。
陸に任せればこれから先、何も困らない。陸がいればと。

「あ、もしもし。こんばんわ。先約あったって知らんかったから誘ってしもうたんよ、ごめんな」

目の前には私があまり見たことの無い陸がいた。外面と言うやつだろうか。そんな新しい一面を垣間見て、自分の心の中に嫉妬に似た変な気持ちを感じ取り、また陸という男の沼にハマる。

「……えぇ?いや、彼氏じゃあないよ。うん、あはは。泣かせるような仲じゃあないけん、大丈夫。そうじゃあ、今度ワシのツレと四人で飲もうや」

友人と何やら楽しげに話す姿に、些か心がささくれ立つ。

「うん、うん。ほいじゃあまた連絡さすわ」

そう言うと投げるように携帯を私に突っ返した。画面は未だに通話中。急いで耳に当てると友人の色めきたった声がした。

「なんじゃ、男かいな」

「ん、違う、違わないけど……」

「まぁええわ。また今度連絡してや」

一方的に電話を切られ、暗くなった画面を見ていると陸が言う。声のトーンの差に身体が大きく揺れた。

「先約あるんやったらワシの誘い断れや」

先程までの陸はもういない。愛想もへったくれもない言い方だ。
「ごめん」と小さく謝った瞬間トラックが横を通り過ぎて無かったことにされてしまう。
空気を持て余し、私は明るく振舞った。

「……どうする?ホテル、行く?」

目の前にいる彼は愛おしい人。だけど私達は恋人でも無ければ友人でも無い。
二人の関係に、名前など無いのだ。

「……いや、今日はええわ。……海、行くか?」

初めての誘いだった。
時間に値段を決められた逢瀬しかして来なかったから、私は少々面食らい言葉に詰まる。

「嫌か?」

「嫌じゃない……嫌じゃないよ!行く!」

顔を上げ、笑んで見れば陸は既に歩き出している。それを見て、慌てて着いていく。
夜の街はもう既に寝静まり、時折横を通り過ぎる車のエンジン音位しか音はない。

何を話そうか、そう考えて見ても共通の話題も無ければ伝えなければならない事も、無い。
手持ち無沙汰で歩みを進めるが、やはりどこか寂しくて前を歩く陸の手首に手を伸ばした。

「……なんじゃい。ベタベタすんなや」

「ごめん………ちょっとだけ」

手にかいた汗のせいにしてしまおう。

するすると指を絡めて俯いた。辺りをキョロキョロと見渡して、陸が言う。

「ツレに会うたら面倒じゃ」

「……会わないよ。だってもう夜だもん」

「勝手にせぇ」

素っ気無く、無愛想に。それでも指を外すこと無く歩き出す姿に鼻の奥がつんとした。

夜空は曇り、心は晴れ、二人の関係は雨空。

雲の切れ間から差した月明かりに照らされた陸の髪に見蕩れていると、不意に陸が髪を耳にかけた。

「……ピアス、可愛い」

きらりと光った耳元に目を奪われた。
私の呟きにはた、と足を止めて陸が珍しく笑った。

「ワシ、工業科出身じゃったからのう。コレ、面白いピアスやから買うたんじゃ」

ぱっと手を離され、ピアスを外そうと伏し目がちになった陸の表情が余りに色っぽく見えて、心臓が止まってしまいそうだった。

「キャッチがボルトみたぁでええのう思うたんやけど皆、気付かん言うんや」

「これ、私が好きなブランドじゃあ………お財布、このブランドのん使っちょるよ。はぁ〜可愛いねぇ、これ。陸センスあるね」

陸の温もりが残る手のひらにそっと置かれた片方のピアスをまじまじと見つめ、感嘆の声を漏らした。
ゆるり、ゆるりと歩き出しても目を奪い続ける個性的なピアス。

「ありがとう、陸。これ選んで似合うって凄いよ、ほんまに」

そう言って、月の光に反射し鈍く輝くピアスとの別れを惜しみつつ持ち主である陸に返そうとすると、ふわり、陸が私の髪を持ち上げた。

「お前、ピアス空いとるんか。……初めての給料で買うたやつじゃけぇ両方はやれんけど、それやる」

右の耳たぶを引っ張られ、手のひらからピアスを攫い鈍い衝撃が私を貫いた。

「悪いよ……」

「細けぇ事気にすんなや。センスええ言うてくれたお礼じゃ」

初めて、デートに誘われた。
初めて、プレゼントを貰った。

少し周りとは違うけれど、これは誰が何と言おうと恋なのだ。
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